2013年

12月

31日

大晦日

 

こんにちは。

今日は1年の最後の日(大晦日)です。

1年=365日の感じ方は人によって、また同じ人でも年によって違うかもしれません。

 

この1年間で生と死を考える会の分かち合いや活動で多くの方に出会いました。

また直接お会いしなくても、このブログを通じてどれくらいの方が目をとめてくれているのでしょうか。

 

気候等の観点からは言えば、今日と明日で厳密な違いはあまりないのかもしれません。

また明日、目を覚まして、自分が何か変わったといった感覚を覚えるかというとそんなこともなく、正月行事が何か新たな気持ちにさせるのかもしれません。

 

今までの年末年始を考えると、1年を振り返った時、ただただ1年が長くて辛くて・・・世の中の年末年始の忙しなさと自分が乖離して、年を明けてもその気持ちは変わらないこともありました。

 

自分はこんな風に思います。

年が変わったからといって自分自身が全てが一変するわけでもない。

だから気持ちも含めて、年を新たに気持ちや何か新たなことに目を向けることがあっても、新年を迎えても変わらない・変えれない思いがあっても、そのどちらも大切な思いだと思います。

 

(緑)

 

2013年

12月

08日

あいたいなー

会いたいなー
会いたいなー

 12月に入り山茶花の花が白、ピンク、赤と街を彩ってくれていますね。

好きな花のひとつです。

 先日当会の会員でいらっしゃる、牛込柳町の経王寺の互井観章ご住職の講話を聞く機会があり、「涅槃」と言うお題でした。

翌日に、自主グループで20年以上ご一緒した友人の葬儀を控えていた時でしたので、ことのほか心に染みわたりました。

仏画また石や木や青銅などで作られたお釈迦様の涅槃のお姿はよくお目にかかりますが、ご自分の涅槃のお姿で伝えることについての話をされました。

死のイメージは人それぞれなのでしょうが私は会えないけど何処か知らない所に居るように思えています。

 死別後けっこう歳月の経っている私でも、何かある度に、あの子はどう考えるだろう、どう思うだろう、相談してみたい、何て言うかな?と話をしたいなーと思うことがよくあります。

会うことが出来れば、楽しそう、ちょっと太ったけど元気そう、などなど様子が分かるのに……と。

自分が死ぬのは怖くないけど、どうしているのか知りたいなーと思います。

 互井観章ご住職は、12月16日(月)夜の9時半、NHKEテレで「落語でブッダ」という番組に出演されるそうです。    よろしければご覧下さい。

                        朱鷺色

 

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2013年

11月

29日

カメラ

久々に晩秋の鎌倉を歩いてきました。
首にミラーレスのコンパクト一眼レフをぶらさげて。
カメラにはさほど関心も持たず、自分で一眼レフを操作するようになるなどとは思ってもいなかったのですが、自分で主宰するイベントでカメラ教室を開催して以来、ずぶずぶとカメラの魅力にハマりつつあります(笑)

鎌倉の黄色い紅葉
鎌倉の黄色い紅葉

私の実家には、カメラを湿気から守るガラス扉のついたケースが置いてあります。

カメラが趣味だった父が、まだデジカメ全盛になる以前に買いそろえたフィルムの一眼レフカメラ数台と、沢山のレンズたちが静かに並んでいます。


マニュアル撮影を覚えたので、そろそろこのカメラたちにも登場してもらえる機会があるかもしれません。

 

カメラはフィルムからデジタルが主流になりました。

時は流れ、色々なものが変わってゆきます。

 

父が愛した写真を撮る楽しさを、少しずつ理解し始めているわたし。

今目の前にあるものや、コトや、ヒトを、どう切取るか。

それがとても面白い。

 

黄色に染まるアーチの下で、かつて一緒に来た報国寺の紅葉を見上げながら、父はどんな気持ちでファインダーを覗いていたのかなと考えつつシャッターを切りました。

 

まだまだ父の方が上手だけれど、いつか追い越すぞっ!(笑)

 明日は父の命日です。

 

水浅葱

2013年

11月

24日

病者の祈り

空色です。

今日はニューヨークのリハビリテーション病院の

壁に掲げられている作者不明の詩をご紹介します。

娘の通っている教会の信者のお医者様に教えて

いただきました。

 

 

A CREED FOR THOSE WHO HAVE SUFFERED

 

I asked God for strength, that I might achieve

  I was made weak, that I might learn humbly to obey...

 

I asked for health, that I might do greater things

  I was given infirmity, that I might do better things...

 

I asked for riches, that I might be happy

  I was given poverty, that I might be wise...

 

I asked for power, that I might have the praise of men

 I was given weakness, that I might feel the need of God...

 

I asked for all things, that I might enjoy life

  I was given life, that I might enjoy all things...

 

I got nothing that I asked for -- but everything I had hoped for

 

Almost despite myself, my unspoken prayers were answered.

 

 I am among all men, most richly blessed!

 

                                                      Author unknown  

  This creed is hung on a wall at a waiting room of Institute of Rehabilitation

      Medicine, 400 East 34th Street NYC     

 

病者の祈り … 苦難を負う人々の信条

 

大事を成しとげられる強さを与えてほしいと神に求めたのに、

慎み深く従順であるようにと弱さを授かった。

より偉大なことができるようにと健康を求めたのに、

より良き事ができるようにと病弱を与えられた。

幸せに過ごせるようにと資産を求めたのに、

賢明であるようにと貧困を授かった。

世の人々の賞賛を得ようとして権力を求めたのに、

神の御手を感じることができるようにと弱さを授かった。

人生を楽しく過ごせるあらゆるものを求めたのに、

どんなささいなことにも喜べる人生を授かった。

求めたものは何一つとして与えられなかったが、

願いはすべて聞き届けられた。

口で祈る私自身の願いとは全く別に、

心の中の祈りの言葉は御胸に届き叶えられた。

私はあらゆる人の中でもっとも豊かに祝福されたのだ。

 
(作者不明)       

(国立国際医療研究センター国府台病院 救急部長 朝日茂樹先生の訳)       

 

この詩を初めて聞いた時、正直なところ受け入れ難いものがあった。  

私は人生にそんなにたくさんの物を求めたつもりはなかった。

でも、最愛の息子を亡くしてしまった。

神様 なぜですか? なぜ息子を? と何度問うただろう。

神は私に何を授けてくださったのだろう。

何をしろとおっしゃっているのだろう。

 

このブログでもお知らせした「追悼のつどい・メモリアルサービス」が

先日行われました。

親友であった従兄の死をきっかけに出版社を立ち上げた夏葉社の島田氏。

教育者として子供たちに「見えないものの大切さ」を問い続け、

息子さんの死をどんなにか深く悲しんでも絶望はしないようにと、

歳月を経て、神の御心を感じられた田中先生、

お二方のお話は、大変心にしみいるものでした。

そして田中先生のお話の中に、そして祈りを聞きながら

この「病者の祈り」を思いおこしていました。

 

私はクリスチャンでも仏教徒でもないけれども、

神様はいると思っています。

息子の死を、自らの生きる意味を

一生 神に問い続けるのだろうな、と思っています。

 

 

冒頭の写真は、ちょうど7年前の今日、息子と一緒に見た京都の紅葉です

(空色)

 

メモリアルサービスの詳しい報告は1月末発行の会報をお待ちください。

 

2013年

11月

17日

11月は…

 

11月は記念日がたくさん。

心友の誕生日にはお祝いに彼女の好きな黄色いばらの花を持って逢いに行きます。

母の誕生日はちょうどピザの記念日とかでみんなでピザを食べます。

母のおかげで喜ぶのは誰?

 

そして結婚記念日、始めてもらったプレゼントはタンポポの花、花言葉は「神様のお告げ」と言う不思議な暗示で結婚の予感があったのでしょうか?

 

まるでタンポポのような模様に惹かれて、そのレースでウエディングドレスを

作りました。

 

そして30年後に娘が着て結婚式を挙げてくれました。

オレンジの花に似たブバリヤの花のブーケを持ちたくて11月にしたのに結婚記念日と娘の祈念日(命日)が同じに日になるなんて。

 

いろいろな暗証番号を結婚記念日にしていたので、使うたびに「忘れないでね」と言っているのかなーと思った日もありました。

 

忘れる事なんて無いのに。

                 朱鷺色

 

 

2013年

11月

01日

忘れていた記憶

 

このところ、父親の体調が優れず、毎日実家に顔を出していると、隣の家のおばちゃんに、庭の垣根越しに声をかけられました。

 

おばちゃんとは、私が幼稚園に入園する頃からのお隣さん同しのお付き合いです。

 

おばちゃんの話しとは、私が高校生だった時の学園祭の話しでした。

 

今、思い出しても恥ずかしいのですが、仮装行列のイベントで、お姫様役を私が演じる事になり、その時の事を亡き母が、嬉しそうにおばちゃんに話しをしていたというのです。

 

親孝行らしい事は何ひとつできなかった私にとって、おばちゃんの「ママが嬉しそうだった」という言葉に、とっくに忘れていた、その時の記憶がよみがえってきました。

 

母が手縫いで、お姫様の衣装を作ってくれた事も嬉しかったですし、手先の器用だった母が作ってくれた衣装は、とても綺麗で内心自慢でした。

 

私は母に似ず手先が不器用で、家庭科の授業で縫い物の宿題が出ると、いつも亡き母に頭を下げて、お願いしたものでした。

 

「なんで、自分ばっかりなの」と思う日が続いていた私は、少しだけ心が疲れていたのかもしれません。

 

おばちゃんが声をかけてくれた事によって、母の思いに触れる事ができ、亡き母との繋がりを強く感じる事ができました。

 

これでまた、明日から頑張れそうです…。

 

(赤)

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追悼のつどい ー第24回メモリアルサービスのお知らせー

 

参加者それぞれのゆかりの、亡くなられた大切な人を偲び、思い出との出会いのひと時を

過ごしたいと思います。 どうぞ、皆様 ご参加ください。

 

日時: 2013年11月9日(土) 午後2時~午後4時30分

場所: 真生会館(信濃町) 4階 第8会議室

内容: 第一部 追悼会

      * 島田潤一郎氏のお話 と 「さよならのあとで」イラスト上映

      *「さよならのあとで」 詩の朗読   

          藤井節子氏 (即興劇「プレイバック・シアター」会員)

      * ご遺族 田中弘志氏 のお話とお祈り

    第二部 茶話会

       お茶とお菓子で分かち合いの語らいの時を過ごします

 

参加費: 会員2000円  一般2500円

         当日受付にてお支払いください

申込方法: 電話 03-5361-8719

      ファックス 03-5361-8792

      メール  koenkai@seitosi.org

申込締め切り: 11月5日(水)

 

島田潤一郎氏

 「さよならのあとで」(ヘンリー・スコット・ホランド)を出版した夏葉社代表。

 親友であった従兄を亡くし、その時から3年以上の月日をかけ「大切な人の死を

 乗り越えずにいる方にそっと寄り添えるような本を」と、一遍の詩とイラストで

「さよならのあとで」を出版

 

田中弘志氏

 女子学院前院長。2005年に息子さんを亡くされる。 

 2012年3月に前職を退き、現在、宮城で震災復興のお手伝い中。

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2013年

10月

25日

この7年のこと

その人とお別れしてから7年になりました。
 
 哀しいけれど、もうあまり涙は出ません。
 辛いけれど、あんなに息苦しかった呼吸ができるようになりました。 
 
 「おいしい」と感じるたびに罪悪感を覚えていた死別当時
今では「おいしい物、その人の好きだった物をいっぱい食べよう」と、自然と考えられます。 
 

少しずつ元気になって笑えるようなった頃、そんな薄情な自分が大嫌いでした。
でも今では、「笑ってもいいんだ」と思えるようになりました。
  


あと20日生きれば誕生日だったんです。
死別から数年間は、命日の20日後の誕生日が来るたびに辛くて悔しくて
「生きていたら、○歳」「生きていたら、○歳・・・」と
「もし生きていたら、の年齢」が、常に私の頭の隅にありました。
 
でも今では、一度計算をしなければ「生きていたら、の歳」がわかりません。
7年前、誕生日の20日前に亡くなった当時の歳で、大切な人の成長は止まったんです。
それを受け入れられるようになりました。
 
 
大切な人が好きだった推理小説を読もう。
あの人が大好きだった、ハラハラするような映画を観て
きれいな音楽を聴いて
楽しい会話においしい料理。
 
私の五感を通じて、空の上に届けばいいな。
 
 
 
この7年間、私だって結構頑張ってきたと思うのです。
 
大切な人を忘れた訳ではないけれど
「涙が出なくなった自分」に対しても、罪悪感を持たず胸を張って生きたいです。
 

 

 

(オレンジ)

2013年

10月

20日

フランクルの言葉

こんにちは。
 
皆さんは、精神科医・心理学者のフランクルをご存知でしょうか。
フランクルは、自身のナチスの強制収容所での体験を「夜と霧」という書籍にまとめています。この書籍は彼の代表作として世界中で読まれてい1冊です。
 
そんな彼は、「生きる意味は必ずある」と問いています。
 
そして、フランクルの言葉や彼の生き方を紹介した本は、多く出版されています。
それらの書籍の1つの「生きる意味 ビクトール・フランクル22の言葉(諸富祥彦)」があります。
 
諸富祥彦「生きる意味 ビクトール・フランクル22の言葉」KKベストセセラーズ, 2010
 
この本では、フランクルの22の言葉を紹介しており、以下のようなものも挙げられています。
 
「どんなときも、人生には意味がある」
「悩んで悩んで悩みぬけ。苦しんで苦しんで苦しみぬけ。絶望の果てにこそ、暗闇の中に一
 条の光が届けられてくれるものだから」
 
ただ、僕はフランクルの言葉を自分に問えば問うほど、辛い思いを感じました。
 
「愛するものを失って絶望の中にある状態で、何を悩み、どうこれ以上苦しみ抜け」というのか・・・。
 
フランクルの言葉は理想論で、フランクルが言うようなことを体感できる人間なんてどれほどいると言えるのかと思ったりもしました。
フランクルに関連する本を読めば読むほど、底なし沼の深みに落ちていく感覚でした。
 
でも諸富氏の本には、フランクルが奥さん(エリーさん)に最期に送った言葉が紹介されています。
 
晩年、死を覚悟するようになった彼はエリーさんに次のようなことを言ったそうです。
「エリー、僕の本の一冊を君に贈ろうと思ってアパートに隠してあるんだ。きっと見つかると思うよ」
 
その後、フランクルの死後、エリーさんが本棚を整理した時、1冊の本がずらして置いてあったそうです。
 
その本は、人間の生きる意味を問いた本の1冊である「苦悩する人間」だったそうです。
そしてその本のある項に、失明に近い状態でひん曲がった字で、ある言葉が書かれていました。
皆さんは、フランクルはそこにどんな言葉を残したと思いますか。
 
それは、こんな言葉だったそうです。
 
エリーへ 「あなたは、苦悩する人間を 愛する人間 に変えてくれました」
 
僕はこの言葉を読んだ時に涙が止まりませんでしたし、今もこの言葉を見ると涙をこらえきれません。
 
その言葉は、僕の過去の体験そのものでした。自分からしたら、ともすれば偉人として捉え、どうしてもその言葉に共感できないないと感じていた彼が最期に残した言葉に人間味を感じ、ある意味、ホッとしました。
 
と同時に、フランクルはそんな思いを伝えてこの世を去って良かったが、「苦悩する人間を愛する人間に変えてくれた人」を失った僕はどうしたらよいのかと思ったのも事実です・・・。
 
でも、今の僕がフランクルの残した言葉を借りるとしたら、自分なりの言葉(物語)を続けるとしたなら、こう続けたいと思います。
 
『「苦悩する人間」を「愛する人間」に変えてくれたあなたはもういません。
  でも、私を愛する人間に変えてくれたあなたと過ごした日々は本当に幸せでした。
 
  だからこそ、僕は、あなたと過ごした日々、あなたの笑顔、記憶をなかったことには決
  しない。
       そのためにも、僕は前を向いて生きたいと思います。
                    あなたのために、そして自分のために   』
 
(緑)
 

2013年

10月

18日

追悼のつどい(メモリアルサービス)のお知らせ

追悼のつどい ー第24回メモリアルサービスのお知らせー

 

参加者それぞれのゆかりの、亡くなられた大切な人を偲び、思い出との出会いのひと時を

過ごしたいと思います。

 

日時: 2013年11月9日(土) 午後2時~午後4時30分

場所: 真生会館(信濃町) 4階 第8会議室

内容: 第一部 追悼会

      * 島田潤一郎氏のお話 と 「さよならのあとで」イラスト上映

      *「さよならのあとで」 詩の朗読   

          藤井節子氏 (即興劇「プレイバック・シアター」会員)

      * ご遺族 田中弘志氏 のお話とお祈り

    第二部 茶話会

       お茶とお菓子で分かち合いの語らいの時を過ごします

 

参加費: 会員2000円  一般2500円

         当日受付にてお支払いください

申込方法: 電話 03-5361-8719

      ファックス 03-5361-8792

      メール  koenkai@seitosi.org

申込締め切り: 11月5日(水)

 

島田潤一郎氏

 「さよならのあとで」(ヘンリー・スコット・ホランド)を出版した夏葉社代表。

 親友であった従兄を亡くし、その時から3年以上の月日をかけ「大切な人の死を

 乗り越えずにいる方にそっと寄り添えるような本を」と、一遍の詩とイラストで

「さよならのあとで」を出版

 

田中弘志氏

 女子学院前院長。2005年に息子さんを亡くされる。 

 2012年3月に前職を退き、現在、宮城で震災復興のお手伝い中。

 

どうぞ、皆様 ご参加ください。

2013年

10月

11日

珈琲のかおり

珈琲を入れる

父の好物は何だっただろうか?
食にうるさい人ではなかった。
好き嫌いはあまりなく、煩わしい注文も少なかった。

父が居るときに指令がくだるものと言えば珈琲。
イギリス人は一日にあきれるくらい紅茶を飲むが、父はあきれるくらい珈琲を飲んだ。
朝起きて珈琲、午後10時に珈琲、お昼の後に珈琲、三時のおやつに珈琲、夕方に珈琲、寝る前に珈琲。

 

私が小学生くらいの昭和な時代には、ペーパーフィルターや電動ミルなどという便利なものはなく、自宅にはガラス製のサイフォンと、木製の重い手動のミルがあった。
ガラス瓶に「ブルーマウンテン」「モカ」「キリマンジャロ」と書かれた褐色のつぶつぶ。

蓋をひらくとふわぁりと、大人な香りがした。

珈琲豆をミルで挽くのが私の仕事となる。
コーヒー豆を入れ、まあるい球状のハンドルがついたミルをくるくる回す。
重い。
小学生の私にはあまりに重い。

ごりごりごり
一休み。
ごりごりごり
一休み。
しばらく続けると、からーんと、回るハンドルが軽くなる。
豆が粉になる瞬間。

ガラスのサイフォンに豆をセットし、アルコールランプに火を点す。
しばらくすると、ごぼごぼごぼっと音をたて、水はお湯になり、ガラスのサイフォンの上方に吸い上げられてゆく。
珈琲の粉とお湯が混ざり合い、すぅっと褐色の液体が下に流れ落ちてくる。
部屋にあふれる深い珈琲のかおり。

子どもの目には科学の実験みたいで、この週末の儀式は楽しいものだった。
もちろん、回数が少なければのお話。(笑)

あるときから智慧をつけた私は、この儀式がめんどうだなと感じるとき「やっぱり、私が入れるよりお父さんが入れた方が美味しいんだよねぇ。今日はお父さんが入れたのが飲みたい!」
と言ってみることにした。

すると、「そうかぁ?」と言って、鼻をふくらませつつ、父は喜々として自分で珈琲を入れ始める。
自分の希望を通したいとき、男性は褒めて動かすに限る。
それを教えてくれたのも父であった。(笑)

最近は200円程度で手軽に珈琲が飲める時代になった。
多少焦げ臭い香りの格安珈琲を一口飲んで「あー、ここもオレの好きな味じゃない。」と顔をしかめていた父が懐かしい。
父好みの珈琲を入れるお店は少なくなったものね。

 

父が亡くなってから、我が家では珈琲を入れる機会はめっきりと減りました。

母などは「インスタントならあるわよ!自分で勝手に入れて!」とのたまう。

いやいや、インスタント珈琲飲むくらいなら、飲まない方がいいから。

 

父はどれだけ自分が愛されていたかわかっているのだろうか?

あの世で感謝してもらいたい。


(水浅葱)

2013年

9月

29日

スピリチュアル?

空色です。

夏休みに小笠原に行ってきました。

空も青かったですが、海の透明な青がとても印象的でした。

 

スピリチュアルなものを持っているイルカに会いたい!の一念ではるばる船で26時間!

もちろん息子がイルカに生まれ変わっているとは思ってないけれど、イルカと目があったら、何か感じるのではないか、と思っていたのですが…

世の中そんなうまくいくわけないですね。

イルカには会えたけれど、ああ、息子にも体験させてあげたかった…と思うばかりでした。

 

分かち合いの会でも、時々亡き人の気配を感じた、という話がでます。

それは蝶であったり、トンボであったり、出かけた先でなぜか亡き人と関係する人や物に出会ったり、夢に見たり、気配を感じたりなどなど。

実は上の小笠原の文章を草稿としてスタッフの方に送ったところ、その方が前の晩にうちの息子が海辺で遊んでいる夢を見た、というのです。

翌日、私から送られてきた草稿の文と海の写真を見てびっくり!

その方とうちの息子は会ったことないのですけどね。

 

ママの夢にはなかなか出てきてくれないけれど、僕も一緒に海に行ったよ、一緒に体験したよ、と伝えに来てくれたのかなぁ と思いました。

 

(空色)

2013年

9月

07日

大切な日

もうすぐ、大切な人の誕生日がやってきます。

 

今は亡き大切な人の誕生日は、子供の頃から大事にしてきた  お祝いの日でした…。

 

日頃の感謝の気持ちを書いたカ-ドを贈ったり、美味しいものを食べに行ったり、その時々に喜こんでくれそうな事を考えるのが楽しかったものです。 

 

亡き人は、誕生日だからといって  何か祝ってもらいたい、とかこれが欲しい、とか望む人ではなかったけれど、プレゼントで貰った品物は、いつまでも嬉しそうに大切にしている人でした。 

 

誕生日のケ-キやプレゼントと一緒に添えられるカ-ドには、必ずと言っていいほど、「いつまでも健康で長生きしてね-。」って書いたのに、その願いはとうとう叶わなず。 

 

今年の誕生日は、亡き人が最後に何を伝えたかったのか…

 

 

生きていたら何を私に望んでいたのか…

 

 

亡き人の思いに心を寄せて、その声に応えられるようにゆっくりと考えてみたいと思います。

 

 

2013年

8月

31日

丁稚羊羹

暑い日が続きましたね、いかがお過ごしでしたでしょうか?

 暑さの苦手な私にとって日に何回かのシャワーと、

よーく冷えた麦茶、氷で入れる冷茶でなんとか毎日過しました。

 先週滋賀への旅をして心のこもったお菓子に出会いました。

「丁稚羊羹」です。

小学校を卒業すると「丁稚どん」として、京や大阪の大店に勤め、お盆やお正月の里帰りをして奉公先へ帰るとき、お母さんがお土産として作って持たせた蒸し羊羹だそうです。

 竹皮に小さくのして、パッと口に入れられるような形にしたとか・・・・・。

 13,4歳で家を離れて働きに出る子どもへお母さん(おばあちゃんも・・・・)が作ったこの

蒸し羊羹はいつしか「丁稚羊羹」と呼ばれるようになり、今では高級菓子店でも売られていました。

 子を想う母心の切なさが伝わりちょっぴり涙ぐんでいただきました。

食べやすい大きさを実感していただきたくて、携帯電話をならべてみました。

 

                           朱鷺色

 

2013年

8月

26日

夢の中での再会

 

こんにちは、緑レンジャーです。今日のお題は「夢の中での再会」です。

 

自分も含め、大切な方を亡くされた方と話をする時、「夢の中で故人が出てきた」「夢の中でもいいから出てきてほしい」といった言葉が出てくることがあるのではないでしょうか。

 

そして僕は、悲嘆と夢の中のストリーやその解釈には関係があるのかなとも思ったりします。

 

というのも、自分も以前、その人がいない苦しみに苛まれ、悲嘆に暮れていた時に、その人が夢に出てきました。どんな内容であったかは覚えていませんが、その夢から覚めた時、涙が自然に流れていました。次の瞬間、夢の中でもいいから、もう一度会いたいと思い、二度寝をしました。

 

その時は夢の中で会えた嬉しさよりも、その人がいない辛さをマジマジと思い知らされ、自分がまったく気持ちの整理ができていないことに、余計ショックを受けたのを覚えています。

 

そして、先日、夢の中でその人が出てきました。

先の見えない螺旋階段をぐるぐると周り、また別の場面になり、自分があることをしていました。その時に、その人が後ろから来て、自分に「もう大丈夫だよ」と言ってくれました。

 

その言葉を言ってくれたその顔は笑顔でした。

 

この「大丈夫だよ」には2つの意味があると思っています。その人にとっても、そして自分にとっても「もう大丈夫」ということなのかなと思っています。

今回の夢が覚めた後、自分はもちろん涙は流れていませんでしたし、逆に少し清々しいというか、ホッとした感覚がありました。

 

別れから確かに時間は過ぎました。その中で色々ともがき苦しんできたし、これからも時に、その別れに苦しみを感じることもあるでしょう。

 

でも僕は「もう大丈夫」・・・また今度、夢で会うことがあればどんな再会の仕方をするのか、どんな会話をするのか楽しみに、自分なりに生きていきたいと思います。

 

(緑)

 

 

2013年

8月

16日

エンディングストーリー

エンディングドレス

高齢化社会、お一人様が増えたせいでしょうか?
終活(しゅうかつ)や、エンディングストーリーなどという言葉が、ネットで表に出てくるようになりました。

 

これは、「自分の最期のときをどうするか」を考えておくという活動らしいのです。

 

最近ネットサーフィンをしていて見かけたものに、エンディングドレスというものがありました。いわゆるオリジナルの死装束(ドレス)なのですが、これはウェディングドレス?と思うようなシンプルで素敵なドレスなのです。

エンディングドレスをオーダーする人の中には、「これを着る日が来るのが楽しみだわ」と、ドレスの素敵さに思わず言ってしまう方もいらっしゃるようです。


死装束と言えば、三途の川を渡る旅支度。
時代劇に出て来る巡礼者や、修行僧のような着物姿に、足袋、わらじ、三角形の布を頭につけるのが基本です。
今まで当たり前のように、誰もがお仕着せの姿で旅立ちのときを迎えていたというのは、考えてみれば不思議なことかもしれません。

「最期のときにもわたしらしさ」を求める時代。
死を語るということは、今なおタブーとされがちで、親しい友人の間ですら語られることはありません。
「死」は何となく、見てはならないもの。話してはならないもの。
そこに在るのに、まったくないように、やり過ごさねばならない空気に満ちているのです。

もちろん誰もが最期のときを考えたくはない…けれど、誰にでも平等にやってきます。
自分がどのように最期を迎えたいのかを、着るもの、流す音楽、装花など、外側のことだけじゃなく、こころの準備までオープンに語り合える場はあまりありません。

 

「自分の最期のときを考える」ことが単なるトレンド(流行)になってしまわないよう、この流れを見守りたいと思います。

私が一番素敵だなと感じたお別れの挨拶は、ある女優さんが亡くなったときのエピソード。
彼女が亡くなってからしばらくして、知人に手紙が届きました。
そこには「引っ越しました」という転居のご案内。「お近くにお越しの際はぜひ遊びにきてください。」というメッセージと共に、自分が永久に眠る墓地の住所が書いてあったそうです。

 

自身の死を受け入れるということは、とても辛く悲しいことで、そう簡単にできることではありません。私自信、出来るかどうか、正直まったく自信はありません。


そんな葛藤のただ中にありながら、周りの方にユーモアと愛をもってお別れを言える。
残された方の悲しみを、ほんの少しでも薄めることができたなら、そんな心の余裕を持つことが出来たなら…それは私の理想です。

 

とても難しいことです。
当事者になって初めてわかることも沢山あるでしょう。
本当に目の前の死と向き合わなければならないシチュエーションで、冷静に、穏やかに、様々なことを決断できるでしょうか?

全ての方にそれが出来る機会があるわけではなく、ましてやそこまでを求めることも出来ません。難しいけれど、それでも最期に愛するひとたちへ愛と優しさを届けられたら。
できるだろうか。できるようになれたらいいな。

 

言葉を交わせる間に、「ありがとう」をたくさん伝えて、「大好きだよ」をたくさん伝えておけたらいいな。

 

そこでハタと気づきました。何もそのときに始める必要はないのです。今から1秒後にでも、誰かに伝えに行けばいいのですね。「ありがとう」と「愛してる」日本人は態度に現すのがとっても下手ですが、今この瞬間に伝えたいことは伝えておこう。

そう思った猛暑の夏。

                                      水浅葱

ハート型の雲

2013年

8月

08日

惑い

大切な人と死別して、もうずいぶんと時間が経ちます。

話の流れで尋ねられた場合、死別の事実を話しますが
自分からそれを口にすることはありません。
死別後に知り合った方々のほとんどは
私が大切な人を喪ったことなど知らないのです。

 


先日、ある知人から
「家族が病気で、もう治らない。近いうちに亡くなるかもしれない」
と言われました。

私の大切な人も同じ病気で亡くなっています。

激しく動揺した後
何て返事を返せば良いものか、とてもとても迷いました。

 

自分の経験を口にするだけなら簡単です。
けれど今の彼女に、果たして私の自分語りを聞かせて良いものか
逡巡したのです。

優しい彼女のこと、
すでに死に別れた私を慰めようとするかもしれません。
あるいは、生き永らえる望みを持っていた彼女やそのご家族に
同じ病気で亡くなった事例の一つとして、
私の話は追い討ちを掛けるかもしれません。


「わかるよ」などと軽々しく口にすることだけはできない。
そう思いました。



その日はとてもバタバタしていて
彼女がふと口にしたのも、移動中のエレベーター内でした。

私に「相談した」というよりは
「現在の自分の状況を知らせた」だけなのかもしれません。


「……そうですか。あの…私も似たような経験をしているので……何かあれば、ご連絡くださいね…」。


2人きりの空間で、私が言えたのはたったそれだけ。
直後にエレベーターが到着し、そこで話は途切れました。


「似たような経験」について、彼女に尋ねられることもなかったですし
私から彼女にそれ以上伺うことはしませんでした。

その後は複数人でわいわいと楽しい話一辺倒になってしまい、
笑顔で手を振ってお別れ。

 



でも、ずっとずっと引っ掛かっているのです。

あの時、どうすれば良かったのだろう。
何て言えば良かったのだろう。



非常に情緒不安定だった、終末期の自分を思い出します。
「私の方がもっと大変だった、もっと辛かったんだから」と泣きながら話し出した親族を

千切れるような想いで慰めた自分。

 

 

笑顔で手を振ったまま、やり過ごして良いものか。

今も迷い続けています。

 

 

 

(オレンジ)

2013年

8月

01日

命日と空白

先日、息子の七回忌でした。

6年たちました。

毎年、命日近くなると心がざわざわします。ただただ、息子を思って、静かに

悼みたいのに、色々な負の感情が渦巻いてしまいます。

息子のことを知っている方でも息子のことを思い出してくださる方は

ほんのわずかになってしまいました。

当日会っても全く覚えていない、気づかない方がほとんどになってしまった中、

毎年毎年、暑い盛りに律儀にお参りに来て下さる方、お供えを送って下さる方、

メールをくださる方々に支えられて、何とか命日近辺の数日をやり過ごしてきました。

そんな中、息子を出産した時に、病院につきそって来てくれて、5歳の娘と一緒に

生まれたての息子に会ってくれた友人が、お参りに来てくれました。

(予定日よりもずいぶん早く陣痛が来てしまい緊急入院、緊急帝王切開だったため、

主人も祖母らも間に合わず、娘と友人らに見守られての出産でした)

毎年毎年、日を重ねていくことで、息子のことが遠くなっていく、後退していくような

気持ちになっていたのが、今年は、「誕生」という場に居合わせた友人のおかげで、

ちょっとだけ息子がいた時に戻ったように感じました。

 

息子を亡くした当初は、毎日早く死にたくて死にたくて、死ねないから生きているだけ

の日々。1日1日が苦しみ、悲しみ、後悔、怒り、恨み様々な感情に押しつぶされ、

心が冷たく重く凍っていました。

何とか1ヵ月たつと、あとこれを何十回繰り返せばあの子と会える、

1年過ごせば、あと20回くらい繰り返せば会える、などと考えてばかり。

6年たったからといって、乗り越えたわけでも、立ち直ったわけでもないけれど、

これをあと何回、とは数えなくなりました。

 

「死」は特別なものでも、怖いものでもなくなりました。

 

   Death is nothing at all

    さよならのあとで   詩 ヘンリー・スコット・ホランド (夏葉社)

 

この詩に出会いました。

この詩については、会報にも書きましたが、

亡くなった大切な人からのメッセージという形になっています。

最初に日本語訳の「さよならのあとで」を見つけました。

涙涙涙・・・ あの子がそこにいるかもしれない、そんな気持ちにさせてくれました。

 

この日本語版には 余白がたくさんあります。 何もないまっしろなページも

たくさんあります。

娘の学校の院長先生の言葉を思い出しました。日本人には「空白」の文化がある。

何もない、ところは、何もないのではない。 と

 

この本の空白も、単なる空白ではない

 

英語版をロンドンのセントポール大聖堂で友人に入手して貰い、送ってもらいました。

ネットで自分で取り寄せもできたはずですが、あえて友人に頼んでしまいました。

その友人は一時帰国のときに、お菓子のおみやげを2つくれました。娘と息子に。

 

息子を思い出してくれる人に

あの子の名前を共に呼んでくれる人に

ありがとう

 

空色

 

 

 

2013年

7月

19日

自分にダメ出し

このところ、「なんで自分ばかりが…。」っと思う事が幾つも重なり、

 

「え-い」っとばかりに投げ出そうとした瞬間に、ふと、頭を駆け巡った言葉がありました。

 

「あなたがつまらなく思っている今日は 

 

  昨日亡くなった人が なんとしても  生きたかった今日なんです」

 

これは、大切な人が眠っているお寺で目にした言葉です。

 

最後の最後まで「生きたい」と願っていた亡き人は、見事なまでに生きようとする底力を見せてくれました。
 

衰弱し痩せ細った身体のいったいどこに、そんな力が残っていたのかと驚くくらいに…。

 

これからの未来に夢も希望もたくさん持っていた人でした。

 

たぶん、後ろ向きな考え方や諦める、という考え方は、亡き人の辞書には無かったのかもしれません…。

 

嫌な事や困難な事があると、たいした努力もせずに、すぐに投げ出したくなる私を亡き人は今頃、情けなく思っている事でしょう。

 

最後まで諦めなかった亡き人の遺志をしっかりと受け継いで、毎日を丁寧に大切に生きたいと思います。

 

(赤)

 

2013年

7月

12日

一年に二度

オレンジです、こんにちは。
毎日本当に暑い日が続きますね。皆さん、お変わりないでしょうか。

 

私が大切な人と死別したのは、2006年の9月。
もうすぐ7年が経ちます。


7年前の今頃は、まだ意識はあったけれど、せん妄状態でした。

日に日に暑くなり
思い出します、色々なことを。

 

 

 

当時は地方に住んでいたのですが、死別して1年ほどで上京しました。


東京のお盆は7月なんですね。

新盆こそ地方で迎えたものの
2年目に、東京で迎えたお盆には戸惑いました。


「どうしよう…。お盆が7月って、お母さんわかるかな…」。


迷った末、我が家では
7月と8月の2回、お盆の支度をしています。


集合住宅なので、迎え火も送り火もしませんが、
精霊馬のキュウリとナスは二度用意。


「乗り方わかるかな?」「迷わずに来られるかな?」
心配になりますが、

一緒に来るであろう周りの人に尋ねつつ
不器用ながらも、よいしょよいしょと降りて来る姿が目に浮かぶようです。


8月にも準備をしたら
「もう、お姉ちゃんたら2回も呼んでぇ」などと、私に文句を言いながら
それでも降りて来てくれるんじゃないかな…と思っています。

 

 

宗教行事としては間違っているのかもしれません。
でも、一年に二度も逢えるだなんて、嬉しいじゃない!その可能性に懸けたいじゃない!

 

二年目以降はずっと二度のお盆を続けています。

 

 

 

今年は特に暑そうです。

終末期に体温調節がうまくできず「寒い寒い」と繰り返していた母にとっては
ちょうどいい気温なのかもしれません。

 

 

 

(オレンジ)

2013年

7月

04日

七夕の短冊に何を書く?

こんにちは~、緑レンジャーです。

 

7月になりましたね~。そして、世の中は6月からセールも始まり、いよいよ夏本番ですね。

僕も、週末にはセールに行き、夏物の服をついつい買いすぎてしまいました。汗

 

さて、今日のお題は「七夕の短冊に何を書く?」です。先週あたりから駅や街中、そしてふと気づくと職場にも短冊の書かれた笹があるではないですか?!

 

今年の7月7日は、日曜日ですね。皆さんは短冊に願いごとを書かれましたか・・?

 

先日、ある友人とこんな会話をしました。

教育関係の仕事をする友人に「短冊に何か書いた?」と聞くと、その友人は「みんなの願いごとがなくなりますように」と書こうかなと言いました。

 

一瞬、うん?と思ったのですが・・・。つまり、その友人が言いたかったことは、「みんなの願いごとがなくなる=みんなの願いが叶う」ということだったそうです。

 

思考回路の鈍い僕には、思いつかない発想ですが、ふと、本当に「みんなの願いが叶ったら七夕はどうなるだろうと想像した結果・・・短冊がないただの笹だけが飾られている光景が浮かび、その光景は七夕的にはありえないだろう~と思いました(*・ω・)

 

人間には、色々な目標や夢、願いがあると思います。それは、自分の努力でどうにかなるものや、偶然に叶ってしまうこと、はたまた現実にはありえない願いであったりするかもしれません。

 

もしかしたら、「あの人」に会いたいと切に願うこともあるでしょう。

 

僕は、自分の願い事が現実に叶うのか叶わないのか、突き詰めたいわけではありません。

 

ただ、仮に自分が短冊に願い事を書くとしたら、それはどんなことを書いたとしても、きっと叶うと信じたいし、誰かに向けた願いであるならば、その思いは相手に届いていると思いたいです。

 

(緑)

 

 

 

 

2013年

6月

28日

フランスパン

焼きたての香ばしいパンの香りは、私の思い出につながっています。

パン屋さんに出向くと「買おうかな?」と悩むのはフランスパン。


一人では食べ切れないので、友達とホームパーティーをするときなどしか買わないけれど、今日は特別なんだ!という日には、フランスパンを買います。

エキストラバージンのオリーブオイルにバルサミコ酢で食べるのも好きだし
フランス産のエシレバターと組み合わせるのも好き。

トマトとバジルとニンニクがあれば、ブルスケッタにしてもいい。
ガーリックバターを染み込ませて、カリッと焼き上げれば、ガーリックトーストに。

ちょっと食欲がないときは、コンソメでオニオングラタンスープなどにしてもいいですね。

フランスパン

高度成長期に、ニッポンの頑張るサラリーマンだった父は、ほとんど休みなく働き続けていました。


兄は父の顔を見ると、知らないおじさんかと思い泣いて騒いだそうです(笑)
子どもに顔を忘れられてしまう…!!
そんな恐怖心からか、私が生まれてからは家族サービスにも気配りするようになったようですが、それでも休みは月に一度あるかないかでした。

そんな父が、風邪で会社を休んだ日。
小学校から戻った私を呼びつけ、必ず買いに行かせたのがフランスパンでした。

焼き上がりの時間にパン屋さんに向かい、子どもが持つには少々長すぎるパンを、えっちらおっちら運びました。
私を待つ間、父は牛乳を小鍋に入れて温めています。

パリっとした香ばしい皮と、ふわっふわの中身のフランスパン。
父はミルクにお砂糖をたっぷり入れずずずーっとすすります。
私もとなりでずずーっとすすります。

フランスパンは父が風邪で会社を休んだ日の思い出。
ある意味、忙しい父を独り占めできた日。

 

美味しいフランスパンが食べたくなってきました。

(水浅葱)

 

2013年

6月

22日

家族の人数

こんばんわ 空色です

先日、健康診断で、地域の保健センターにいきました。

問診票に 家族の人数を書く欄と、出産回数を書く欄がありました。

出産回数は2回です。

保健師さんが、「お子さんはお二人ですね」

「いえ、今は一人です」

私の歳ですから、上の子は独立したと思われたのでしょう。そのままスルーされました。

 

それだけのことですが、その日はすっかり凹んでしまいました。

本当は 家族4人、と書けたらどんなに幸せでしょう。

 

先日、とある会で、旧約聖書の詩編133篇についての話を聞く機会がありました。

「見よ、兄弟が共に座っている。なんという恵み。なんという喜び。」

 

 普通の人々にとって、家族が揃っているということは当たり前のことで、その幸せに

気づかないが、実はそれがどんなに貴重で幸せなことであるのか、

人類、はるか昔、旧約聖書の時代からの永遠の真実なのだと思いました。

 

空色でした。

2013年

6月

15日

ばら園

 世田谷にある「都立園芸高校」のばら園に行ってきました。

緑豊かな3万坪以上もある敷地には校舎は点在し、日本庭園、イギリス庭園、フランス庭園

ばら園、体育館、武道場などがあり、ポトマック湖畔に贈った桜の返礼に贈られた「はなみずきの木」もあります。

 私はばら園、虫少年の孫は虫目当てに行ってきました。

ここのばら園には原種のばらから揃っているめづらしいばら園でした。

   大きさがわかるでしょうと手に受けて

     写ってくれしばらと孫の手

 

                   朱鷺色

2013年

5月

31日

優しさ

こんにちは、赤です。

 

私の住む街も、時の流れとともに再開発が急ピッチで進み、亡き人と楽しみに通った名店も、今では数少なくなりました。


その中には、忘れる事のできない串揚げ屋さんがあります。


大切な人を亡くして、まだ間もない頃の事でした。


いつもの様にカウンターに座って注文しょうとした、その瞬間…。


それまでのいろいろな思いが一気に頭を駆け巡って、不覚にも涙があふれてしまいました。


「ここは人前なのだから」と、なんとかこの場を堪えようと心の中でもがけばもがくほど、その時間が延々と続く様な気がして…。


やっとの思いで、気を取り直して串揚げに手を伸ばしてみても、大切な人の不在という空虚感には勝てず、串を持つ手が止まっていると…


お店のご主人が私の好きな串を覚えていてくれていたのか、もう一本、黙ってお皿に置いてくれたのです。


その日は頼んでいなかったのに、そっと置いてくれた優しさ…。


その時の私はどんな言葉をかけてもらうより、何も聞かずにそっとしておいてくれた優しさが心にしみました…。


暫くしてそのお店もなくなり、きちんとお礼も言えないままになってしまった事が心残りでなりません。

 

(赤)


 

2013年

5月

28日

箸置き集め

オレンジです、こんにちは。

 

以前「亡くなってからもできること」という記事でも触れました、箸置き集め。

亡くなってからもできること

 

   

天国でおいしいご飯を食べられるように、との想いから

死別した大切な人のために集め始めたものの

6年経った今では、私自身の趣味の一つになっています。

 

 

食器屋さん雑貨屋さんを見掛けると

足を止めて箸置きを探さずにはいられません、

 

中には値段の高い商品もありますが

今は100500円ほどで購入できるかわいい箸置きがたくさん。

 

特に、外国人観光客の方が利用する和小物のお土産屋さんは

ちょっと変わった安くてかわいい箸置きがいっぱいでわくわくします。

 

 

亡くなった人が好きそうな、喜びそうなモチーフを

あれこれと想像しながら選びます。

その時間が、私にとっては楽しいのです。

 

元気だった頃の笑顔が自然と思い出されます。

もちろん単なる自己満足に過ぎませんが。

   

 

「お給料が出たら一つ買う」と決めて、毎月少しずつ少しずつ買い集めてきました。

集め始めて6年、現在ではかなりの数になっています。

 

私はいつまで箸置きを集め続けるのだろう。

そろそろ引き際なのでは。

   

個人で所有するには多過ぎるそれらを前に

死別からの時間経過を痛いほど思い知らされます。

 

「もういい加減買い集めるのを止めようか…」

 

悩んだりもしましたが

買い集めるペースを緩めつつ、もう少しもう少しだけ続けようと思います。

 

 

だって箸置きを選ぶ時は、故人の喜ぶ顔が自然と思い浮かぶんです。 

死別間際のくしゃくしゃに歪んだ顔に、謝っても謝りきれなかった私は

「箸置き選び」という何とも幸せな時間に、今はまだ縋っていたいのです。  

 

 

 

(オレンジ)

2013年

5月

18日

自然音

こんにちは~。緑レンジャーです。

 

日中は暑い日が続いてますね・・・まだ梅雨前なのに。

毎朝、ワイシャツを半袖にするかを迷いつつ、長袖を選ぶ今日この頃です。

 

さて、今日のお題は「自然音」です。

 

みなさんはこの「自然音」をご存知でしょうか?

自然音とは、例えば、雨の音や波の音、滝の音、小鳥のさえずり、あるいは、どこか自然の場所に行った時に耳に聞こえてくる複数の音源を含めた、まさに自然の音をいうそうです。

 

実はつい最近、親友にこの「自然音」というものを寝る前やリラックスしたい時に聞くと落ち着くということを教えてもらいました。

 

そして偶然にも、まさしくそれを聞いた数時間後の夜のニュースでも「自然音」について取り上げられていて、自然音を聞くと交感神経に作用し、リラックス効果があるとのことでした。

 

実際、「自然音」をネット検索をすると、海辺や森林浴の自然音など、様々な種類のものがあることにびっくりしました。

 

人によって好みの自然音があるでしょう。

 

ただ、僕の場合は、山の中の川のせせらずに、かすか遠くで小鳥のさえずりが聞こえる自然音が合うようで、実際に寝る前に聞いたら、自然音の策略にはまり、すぐに(-_-)゜zzz…してしましました(笑)

 

確かに、山奥に旅行に行った時は、聞こえる音にどこか癒され、体から力が抜けるようにも感じます。

 

以前、ヒーリングブームがあったようにも思いますが、確かに音楽や音というものは、意識化しない人間の深い部分に作用するのかもしれませんね。

 

ということで、しばらくは自分に合った「自然音」探索をしてみたいと思います。(・∀・)

 

(緑)

 

 

 

2013年

5月

10日

悲しみのいろ

悲しみのいろ

爽やかな五月晴れの空の色。気持ちの良い風が吹く季節になりました。
悲しみの色は人それぞれです。桜の花の薄紅色、あじさいの青、新緑の緑にも悲しみを感じる方はいらっしゃると思います。
私にとっての悲しみの色はグレーでした。

 

父を亡くした冬の日。外出しようと着替え鏡の前に立ち愕然としました。
スカート、セーター、コート、バック、手にとったもの全てがグレーだったのです。


仕事柄、色の組み合わせには敏感な方だと思っていましたから、いかに自分が思考停止状態だったか、日々の暮らしに色を感じる余裕が無かったかわかります。
そこで、首にマスタードイエローのストールを巻いてみました。

 

もちろん、身につける色を変えたからと言って、全てが劇的に変わるわけではありません。
しかし色を意識することが、私が一歩踏み出すきっかけになったことは間違いありません。

 

黄色いひまわり

 色にはそれぞれ癒しの効果があります。

 

黄色には自分自身を回復させる効果があり、元気が出ないとき、とりわけそれが精神的なものである場合に、左脳に働きかけ、 ものごとを前に進めてゆく手助けをしてくれる色。

 

黄色いものを身につける、黄色いものを食べる、黄色を思い浮かべながら深呼吸する、黄色い光を浴びる、何でも良いのですが、黄色を取り入れることで、少しずつ自分の中に前向きになれる力が蘇って来るのだとか。

  産調出版:実践カラーヒーリングより

 

今回、生と死を考える会のスタッフブログをデザインさせていただくにあたり、あえて喪のイメージからは遠い「黄色」をベースカラーにしました。

それは悲しみの中にいる方が、当サイトに初めてご訪問くださったとき、ほんの少しでも希望の光を感じてくださればいいなという思いからでした。

グレーに曇った空の下、悲しく冷たい雨の降ったあとにさえ、美しい虹が出ると信じていたい。

おひとりおひとりが、ひまわりの花のように顔を上げ、光に向かって歩み出せるよう。
そんな願いが込められています。

悲しみの色が、いつか優しい虹色の光に包まれますように。

水浅葱

水浅葱おススメ・今日も良い日にしてくれる一曲

True colors are beautiful like a rainbow♪

自分本来の姿を外に出すことを
こわがっていてはだめ
本当の色
本当の色は中から輝いている
私には見える本当の色が
だからこそあなたを愛しているのよ
自分本来の姿を外に出すことを
こわがっていてはだめ
本当の色ってとてもきれいのよ
まるで虹のように

和訳全文はこちらからご覧いただけます。
ロックをきこう様 True Colors 日本語訳 より

2013年

5月

02日

新学期に

この4月、娘が中学に入学しました。

6年前、娘が小学校に入学した時に、お姉ちゃんの校帽をうれしそうにかぶっていた息子はもういません。

新しい場所では、娘に弟がいたことを知る人もいません。

中学校に提出する書類の家族欄には息子の名前を書きました。

それが許される場所で娘には過ごしてほしいと思い、学校選びの基準にしました。

 

新しい場所では母にも新しい知り合いができます。

「お子さんはおひとり?」

どうやって答えようか、毎回悩みます。

どのような方かまだよくわからないうちに、息子の話をするのもためらわれます。

言われた相手もどう反応していいか困るよね、とも思いながらも

息子がいなかったことにはしたくない、という思いが勝ってしまいます。

「下に息子がいます。でも父のところにいるものですから」などと答えたりします。

たいていはすぐに話題が変わります。

 

娘も友達のあいだで兄弟の話題がでると、自分も聞かれたらどうしよう、とあせるようです。まだ弟の話をする機会はないようですが。その時はその時、相手によって考えると

言っていますが、うまくいえるかどうか心配です。

 

進学という晴れの門出を、手放しで喜べない複雑な想いのこの頃です。

 

(まだ小学生の母でいたかった空色でした)

写真は今年の3月 神田川の桜です。

2013年

4月

30日

花の季節

東京では3月に桜が咲いてしてしまいました。

「月にむら雲花に風」のとおり今年は咲いている時にお天気が荒れました。

予定していたお花見の1つは嵐のようなお天気で取りやめ,

もう1つのお花見はすばらしいお天気に恵まれました。

東御苑での散策中、知人から「今どこ?」との電話があり、「お花見!」

と言うと「心がけのいい人は違う!」と言っていただきました。

遅いかな?と心配した桜はたくさん残ってくれていましたし、シャガ、山吹、しゃくなげとそれはきれいに咲いた花々がいっぱいのお花見でした。

この写真のバラは大好きな花の1つです。

道端に小さなじゃが芋の茎を見つけ抜いてみると小さなちいさなじゃが芋がついていました。それを持ち帰って埋めてみたのですが、ジャガイモはあまり大きくなりませんでした。

ところがじゃが芋を植えたところからこのバラが現れたのです。

可愛らしい小さな素朴なバラの花です。

お玄関のすぐ横に植わっているので、出入りのたびに控えめな香りがします。

すばらしいことに四季咲き、花が終わると小さな赤い実が生ります。

ピンクのやさしい香りの花、小さな赤い実、このふたつが順番に1年をめぐってくれます。

高級でおすましのバラの花は苦手でしたが、このバラと出逢ってからバラのイメージが変わりました。

可愛らしいバラに感謝!                   

                            朱鷺色

2013年

4月

19日

記憶は不確かなものだから良い?!

こんにちは~、緑レンジャーです。

 

さて、今日のお題は「記憶は不確かなものだから良い?!」です。

 

僕が働いている職場の建物が新しくなること(隣の敷地に建てられた新施設への移行)に伴い、職員は引越し作業に追われています。

 

そして僕も自分のデスク周りの荷物を整理すると・・・色々なものが出てきます。

 

「探していたもの」や「その時は取っておこうと思い取っておいたのに、それすら忘れていたもの」、「引越しをする度に持っていって、色あせたもの」などなど・・・。

 

それは、家の引越しでも同じでしょう。

 

そして、その度に思うのが、人間の記憶というものは何て不確かなものであるということ。

 

その一瞬一瞬は忘れないと思っていても、置いた場所を忘れてしまったり、はたまた、取って置いておいたことすら忘れたりと・・・。

 

では、忘れるこは良くないことなのか?

 

「記憶が不確かなものだからこそ、人間は生きていける」と言われることがあります。

 

確かに、見たものの情報や思考が流れるからこそ、そこに時間が生じるのかもしれません。

 

(緑)

 

2013年

4月

12日

今だから、見えるもの

こんにちは、赤です。

 

色とりどりの花が咲き、春の日差しが眩しい季節となりました。

家の近くの八重桜が、今まさに咲き誇り、見る者の目を楽しませてくれています。

 

とは言うものの、大切な人を亡くしたばかりの頃の私は、「春夏秋冬」の季節の流れに心がついていかず、自分だけ取り残されたような気持ちでいっぱいでした。

 

華やぐ季節に背を向けて、喪失感と自責の思いを抱えながら、出口の見えない暗くて長いトンネルを必死の思いで歩いてきたような感じがします。


今だからこそ、見える景色。
今だからこそ、感じることのできた季節。

 

満開の桜の木の下で、亡くなる数ヶ月前に撮った大切な人の写真が、今日も変わらず嬉しそうに笑っています。


(赤)

2013年

4月

05日

区切り

こんにちは、オレンジです。

 

4月になりましたね。
ぽかぽかとあたたかくなって、花が咲き始めました。
新年度、入学、入社…
たくさんのことが新しく変化するスタートの時期です。

皆さんは、いかがお過ごしでしょうか。



2年前の4月に、「春が辛い」という記事を書きました。

春が辛い
大切な人と死に別れた私の、半年後のことを思い出しながら書いた記事です。


死別から半年後の当時
「もう春なんだから」「4月だから」という理由で
「いつまでも泣いていないで」と言われたものでした。
「前向きになりなさい」と諭すように言われたものでした。

スタートの時期に、いつまでもめそめそしていた私に
周りの人たちもしんどかったのだろう、と思います。

 


けれど前向きになることを強要されているようで
当時の私にはとてもとても辛く
受け入れることなど到底できませんでした。

人間が死ぬのに暦も季節もありません。
命日なんて皆それぞれ違うのだから
新年度だからと言って気持ちを切り替えられるほど、単純ではないのです。


私自身、日々生活することで精一杯で
時間や季節からは、完全に取り残された状況でした。


心に素直に従うあまり
身体が、言葉が追い付いてこない。

前向きになれない自分の気持ちを客観視することも、
誰かに説明することもできませんでした。



そして6年後の今
死別の区切りは一人ひとり違うのだ、と改めて感じます。

今年は、春をわくわくする想いで迎えられました。

ようやく、私にとっての区切りが近づいてきたようです。 

 

 


(オレンジ)

2013年

3月

28日

友との再会

皆さん、こんにちは。 

3月初旬の寒さとうって変わり、中旬以降、急に暖かくなりましたね。

しかも、東京の花見スポットの見頃は先週末だったりと、季節の変わり目に適応するのに大変です。

 

さて、今日のお題は「友との再会です」。

この季節は“別れ(旅立ち)と出会い”の季節ですね。

先日、大学時代の友達達と久しぶりに会いました。中には大学卒業以来あっていない友も!!

 

共に馬鹿なことをして、時に将来について熱く語った友、雰囲気がすっかり変わったものもいれば、大学時代と変わらない友もいたりと、時の流れを感じますね~。

でも、自分の変化はなかなか分からないもの、周りは自分のことをどう思ったのかは不明です(汗)

 

それぞれが卒業をしてそれぞれの道を歩んだ20代、それぞれが仕事やプライベートに変化があり、時に挫折をしたり悩んだり・・・。

 

大学を卒業する時に描いた未来と今の生活は、まったく同じものではないでしょう。

 

そんな「記憶と現実のギャップ」に、昔の自分を「アホやったなと思う自分」もいれば、「何も考えずに、未来に期待を膨らめせた自分を羨ましくも思う自分」もいたり。。

 

今回会った友の前では、僕は『大学の時も、そして今も』死別の話はしません。友の前では「死別を経験した自分という存在」はいません。

 

友に死別のことを含めて分かってもらいたいか?

もちろん、死別のことを知っている友もいます。でも、そのことを話していない友もいます。といって、それを言わない友の関係性が嫌だとは思いません。

 

死別を言う友もいれば、言わない友もいる。

 

それと同じように、今回会った友も、誰しもが友にも言わない悲しい経験や挫折があるのではないでしょうか。

 

それぞれが、その人だけでしか分からない、比較できない(比較したところで意味のない)経験があるでしょう。そして、それぞれが悲しみと同様に、その人なりに頑張っていると僕は思います。

 

最後は、本当に離れるのが辛かったですね~。感極まって涙したり・・・(汗)。

 

久しぶりの友との出会いは、これまでの自分が歩んだ人生を振り返ることにもなるでしょう。

 

もし、また10年後に再会したのなら、今回会った時に大学時代の自分達について語ったように、きっと今回会った時の話を酒のつまみに、「あん時の自分は・・・」なんて言うのでしょう。

 

自分は10年後にどんなことをしていて、自分にはどんな未来が待っているのだろうか・・・それは当然わかりません。

 

でも、10年後の未来には「希望」が続いてると信じたいと思います。

 

皆さんは花見に行かれましたか? 僕はまだ行ってません・・・(涙)

ということで、職場の入口にある一本桜を撮ってみました!!

きっと後に書く別のスタッフの誰かが、もっと花見らしい画像をUPしてくれるでしょう(期待)♪                               

(緑)

2013年

3月

15日

父からのメッセージ

今日からブログスタッフのお仲間に入れていただく水浅葱(みずあさぎ)です。
どうぞ宜しくお願いいたします。

そろそろ桜の季節が待ち遠しい、柔らかな風を感じる季節になりました。
4月は私の誕生月です。


2010年の冬に父が他界しました。
葬儀の段取り、様々な事務的な手続きに追われ、家族の中心として動いていた私。

「自分が家族を守らなくちゃ!強くならねば!」と言い聞かせていました。

 

あの頃を思い返すと、悲しんでいる時間があまりなかったように思います。
常に緊張していました。

すべてが一段落し、気が抜けそうになった頃に3.11の震災が起こりました。

 

放射能の問題、続く大きな余震、緊張と不安のまじった、なんとも言えない鬱々とした空気が家族全員に漂っていました。

これから自分はどうなってしまうのだろう?
家族をどうやって守ったらいいのだろう?
地震や放射能の影響は今後も続くのだろうか?

不安な気持ちを少しでも落ち着けたいと、部屋の整理を始めたそのとき
書類の束の間から、ハラリと落ちてきた一枚のカード。

父からのバースデーカード
父からのバースデーカード

まだ元気に外を歩けた頃、縁遠い私の縁結びと招福を願い、遠く伊勢神宮までお参りに行った父が、お土産と一緒に渡してくれたメッセージでした。

 

ずるい!誕生日直前のこの季節にそれはない!!
今まで我慢していた目玉の防波堤がいっきに崩れた瞬間でした。

でも、ひとしきり泣いたあと、不思議に肩の力が抜けたのを覚えています。
癖のある懐かしい父の文字。
なんともへなちょこな手描きの招きネコ。

 

しかも何年時間が経っても対応可能とでも言いたいかのように「?」歳バージョンになっているではありませんか。

たぶん本人は娘が何歳になったのかわからず、「?」でお茶を濁したのだと思います(笑)

 

父の娘に生まれたことを誇りに思っています。
だから、しんどい事があっても、「あはは」と笑顔で生きていたい。
頑張る必要も、我慢する必要もなく、ありのままで。
そのまんま、ダメな自分も、かなしみも、辛いのも受け止めてありのままで生きてゆく。

遠くでこっそり見守ってくれている父が「福よこい!」と祈ってくれているのですから。
今のところご利益はまったくありませんが、いつか福が来ると信じて。

水浅葱

水浅葱おススメ・今日も良い日にしてくれる一曲

One Love! One Heart!
Let's get together and feel all right.

2013年

2月

12日

熨斗紙

事務所でお弁当を頂きます。


スタッフが買ってきたお弁当の熨斗紙がとっても素敵で思わずちょうだい!


熨斗紙で袋を作ったり、箱に張ったり、花びら状に切ってお皿の間に挟んだり。


今日は可愛い熨斗紙と、ぼかしのピンクの紙に桜の花を切り抜いた熨斗紙で袋を作りました。


超忙しい中、つかの間の手仕事!しあわせなひと時です。


                      朱鷺色

2013年

2月

06日

空色

はじめまして 空色です。
今回からブログの仲間に入れていただくことになりました。
よろしくお願いいたします。

空色  そう 青は 亡くなった息子が好きな色でした。
否、本当に好きだったのかどうか確かではないのですが…。
青色を見つけると、覚えたての片言でうれしそうに「あお あお」と指差して
言ってました。


2か月ほど前、信濃町の事務所に向かう途中のJRの車内広告で

「青春時代に見えていた空と、年齢を重ねてから見る空は、同じ青でも色の見えかたは違う。
青系の色の感度は年齢と共に鈍くなる」

という記事を見つけました。

あの子の好きだった青、同じ青を見ていても 2歳児に見えていた青と私の見ていた青は
違って見えていたのかもしれないな、と今更思ったりしました。

今日、東京はあいにくの空模様。青空は見えません。
雪なら雪で積もってくれれば子供にはうれしかっただろうに。
あの子のいる雲の上は晴れているのかもしれませんが。


雪でも雨でも 空から降るなら
あの子も一緒に降っておいで ママのところに

(空色)

2013年

1月

29日

会報発送

昨日は会報発送作業の日でした。

会報134号、お手元に届くのは明日ごろでしょうか?


昨日は7人のメンバーで作業しました。

腹が減ってはいくさは出来ぬ、とばかりにまずお昼ご飯。

お結びは、鮭、たらこ、鰹節、梅干し、お赤飯

ちょっと小さめなので2~3個いただきます。


香味卵、美味しいおいしいと好評でした。

ほうれん草とブロッコリーのキッシュがすばらしく美味しくて

早速レシピを交換しました。

あと白菜のお漬け物とたくわんでした。


会報発送だけではない楽しい作業でした。


                        朱鷺色

2013年

1月

24日

記憶に残る「みそかつ弁当」

緑レンジャーです


新年が開けて、もう1月も後半です・・・。

先週の成人式は関東は大雪で、影響も出た人がいたのではないかと思います(寒い地域の方からしたら小雪かもしれませんが)。


僕も13、14日と1泊2日で岐阜に温泉旅行に行ってきました。


新宿からバスで行ったのですが、13日は天気も良く、宿も雪を見ながらの露天風呂など、しばしの休息でした。


しかし、問題はここからでした。


14日の午前中のバスで帰る予定が、13日の夜から降った雪の影響で、バスを待てど来ない・・・・。


そして予定から2時間後にバスが温泉地に到着するものの、バスは新宿ではなく、松山に変更とのこと。


多少遠回りになるも、ようやく出発するかと思いきや、今度は、松山に向かった先行のバスの先で、雪崩が起き、通行禁止となったということで、またまた行き先が変更になりました。


バスが行くことになったのは、高山で、さらに遠くになりました。


結局、高山から名古屋、名古屋から東京への満員の特急と新幹線を使い、予定の時間より5時間遅れと、名古屋での高い駅弁代を払うことになりました。


ということで、雪の影響を受けましたが、緑レンジャーはポジティブに物事を考えることに。


1つ目は、記憶に残る旅行になったこと


2つ目は、高山から名古屋の特急を乗る機会はめったにないでしょうし、その間の風景を見れたこと(逆に、帰りの電車の中で、雪が全然降っていない、雪もないところもあったので、全国的に天気が悪いと言っても、そんなことはないんだなと改めて思いました。)


3つ目は、夕方に食べた、名古屋駅の乗り継ぎで買った駅弁(みそかつ弁当)、宿を出発する前に朝ごはんを食べてからそれまで、何も食べてなかったので、とても美味しかったです。ある意味、贅沢なお弁当になりました。


4つ目は、まさにこんなハプニングも、ネタにしてしまうこと


これからも、まだ寒い日が続きますが、皆さんも風邪をひかないように、冬を乗り切りましょう~!!


(緑)

2013年

1月

18日

穏やかな哀しみ

こんにちは、オレンジです。


大切な人がいなくなってから、七度目のお正月を迎えました。

 

「分かち合いの会」で、少しずつ気持ちを吐き出せているからでしょうか。

 

辛くて苦しくて胸を掻き毟られるようだった最初のお正月に比べ
今年はずいぶんと穏やかな気持ちで過ごすことができました。

 

もちろん哀しくない訳ではありません。
けれど哀しみの質が違うように感じます。

死別当初の哀しみが荒れ狂う海だとしたら
今は、凪いだ水面にふわふわと波紋が広がっていくようなイメージです。

岸に立つ私は、じわじわと迫ってくる哀しみを、静かに受け入れざるを得ないのです。

 


亡くなって1年も経たないうちに
故人が吸っていたタバコの銘柄が生産中止になりました。

私が物心付いた時から20年以上もずっと傍にあった商品です。

 


幼い頃は、顔馴染みのたばこ屋さんへ何度もおつかいに行ったものです。
当時は今よりも年齢確認に厳格ではありませんでしたから
拙いながらもカタカナ言葉を覚えては得意気になったものでした。



大切な人が亡くなって2年後、
大好きだった歌手が話題になり、歌番組に頻繁に出演するようになりました。

 


生きていたら、お金と時間をやりくりしてまた一緒にライブに行ったのかなぁ。
きっとすごく喜んだろうなぁ…。
考えずにはいられませんでした。



死別して4年後、故人が大好きだった作家の書いた本が映画になりました。

その本自体も、亡くなった後に刊行されたものです。



大切な人の知らない作品が、今後もどんどん増えて行くんだ…。
ぼんやりと実感しました。



 

昨夏、我が家の洗濯機が壊れました。

もう15年も使っていたそれは、修理担当の方にしきりに買い換えを進められるほど。



 でも私は諦められませんでした。

 

だってそれは故人が選んで買った家電なのです。
買いに行ったお店で、うっかりテレビ局のインタビューに答えてしまい
地元のニュースに流れた、という楽しいおまけが付いた思い出の品なのです。



修理担当の方は丁寧に時間を掛けて診てくださいましたが
古過ぎる洗濯機は、モーター自体が劣化破損しており、直る見込みがないとのこと。

とても残念でしたが、買い換えることになりました。



こうして、大切な人の傍にあったものがどんどんどんどん変化していきます。

かつて愛用していたものが消えていく寂しさと
故人が知り得なかったものが増えていくことへの虚しさ。



これからも生き続ける私は、その変化を静かに受け入れざるを得ません。



そういった変化は、年月を経るほどに増えていくはずです。
2013年も、これから先もずっと。


穏やかな哀しみと共存しながら、まずは2013年を生き抜こうと思います。



(オレンジ)

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「分かち合いの会」のお知らせ


◆1月19日(土) 17時~19時30分
 *第3土曜日の集まりは、大切な人を亡くされた若い世代(主に20代30代)の方の集まりです。

◆1月26日(土) 14時~17時
 *第4土曜日の集まりは、様々な体験の方の集まりです。
 
◆2月2日(土) 14時~17時
 *第1土曜日の集まりは、大切な人を自死により亡くされた方の集まりです。
  
◆2月8日(金) 14時~17時
 *第2金曜日の集まりは、主にお子さんを亡くされた方の集まりです。

◆2月16日(土) 17時~19時30分
 *第3土曜日の集まりは、大切な人を亡くされた若い世代(主に20代30代)の方の集まりです。
 
◆2月19日(火) 18時30分~20時30分
 *第3火曜日の集まりは、様々な体験の方の集まりです。

 

◆会場/NPO法人生と死を考える会 事務局(東京都新宿区) JR信濃町徒歩1分
◆参加費/一般1,000円 会員500円

 ※会場などの詳細は、HPをご覧ください。

 http://www.seitosi.org/ 
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2013年

1月

14日

つむぎ茶論のご紹介

花束

つむぎ茶論のお知らせです

第2土曜日2時~4時30分
(年に1,2回お休みがあります)

知識では及ばない生と死の問題を通して、人生の知恵を探し語り合いませんか?
参加希望者は、死別体験の有無を問いません。
死別体験が無くても関心のある方はお気軽にご参加ください。

1月12日のつむぎ茶論のご紹介をいたします。

人生における免れることの出来ない四つの苦労である
「生老病死」から毎回テーマを大濱理事がご用意されています。
生きること、老いること、病むこと、死ぬことの四つの苦。

今回は「病」でした。

医療の問題点としてがん患者の心にまで気を配ってくれているだろうか。
また患者本人が病気にも、医療者に対しても正面向き合って
あきらめない生き方とはどういうことだろうか。

など話はあちこちに飛びながら自分のこと、亡き人のことに及びます。

サロンですのでお茶やお菓子を頂きながらのひと時です。
今回はりんごがあり、まずいりんごの美味しい食べ方などの話もありました。

次回2月9日は「死」をテーマに『エリザベス・キューブラー・ロス』の
『死の瞬間』からテーマを提案してくださると言うことです。

お出かけください。

写真のお花は前日の「第2金曜日の分かち合いの会」
の参加者が「新しい年のはじめに」とお持ちくださったものです。

いい香りとともに、場もいつもとは違うやさしい雰囲気がありました。
         感謝を込めて   朱鷺色

2013年

1月

11日

新年に

今年もよろしくお願いいたします…と言いながら、すでに1月も10日が過ぎてしまいました。

年頭に、いつも一年の誓いを立てるのですが、今年はシンプルに「今、できる事を今、実行する」に決めました。

もともと、「そのうちに、やればいい-」なんて暢気な考え方だった私に衝撃が走った、大切な人の命の期限を宣告された、あの日…。

残された時間を、どう大事に使えばいいのか、気持ちばかりが焦って、大切な人の心に寄り添えなかった、尊い時間。

大切な人を喪ってから始めて知った、当たり前だった事の有り難さと「あれもすればよかった、これもしてあげたかった」という溢れだしたら止まらない、後悔と自責の思い。

やり直す事のできない現実に愕然とした日々…。

その辛くて苦しかった思いを胸に刻みながら、今 できる事をひとつひとつ、始めたいと思います。

(赤)