2011年

9月

19日

「ああ、やっぱり」

 

夢から覚めて、今朝私はそう思った。

夢の中で、自分の夫が昨日死んだんだと友人から教えられた。

でも跡形も何もなかった。

 

しばらくは、友人たちの中でいつもどうりに過ごしていた。

でも、10分、20分と経つにつれ、

どんどん闇のような巨大なものに飲み込まれそうになり、

その場にいられなくなり、

フラフラしながら友人たちから離れた。

 

離れてそこの空間にあったものは、波のように襲ってくる闇。

 

「え?さっきまでいたよね?」

と思いながら、必死に状況整理しようとしていたが、

その襲われる闇の感覚に耐えられなくなり私は走り出した。



そして目が覚めた。

 

昨日親しい友人から、昔の知人が昨年自死していたことを知らされた。

たぶん、その影響で夢を見たのだろう。

 

でも、夢の中の打ち寄せるような、

自分の前だけでなく後ろにも広がる黒い闇の感覚だけは、

私が昔から知っているものだった。

それが妙に同じで気持ち悪くて、目覚めても身体と心が動かなかった。



先日、私は自分が分かち合いのなかで、

子どものころから見ていた死んだ父親の夢の意味を初めて気づかされた。

こんなに経っていてもである。

 

それは、家族内でも、友人にも、周りの大人や先生にも、誰一人として、

絶対に泣く事を許されなかった孤独な私にとっては、

夢から覚めて吐き出したように自然に泣くことが、

私には「癒し」だったり「慰め」だったんだのかもしれない。

だからそれに救われていたのかもしれない。

そう、もっと早く思えていたらもっと楽になっていたかもしれない。

 

いや、

違う。

 

分かち合いの中で、今でもこうやって改めて気づかされることがあることは、

私にとってはとてもラッキーなことで、

そう、

そういう気づきに今でも救われているのだと思う。



ピンク