2011年

11月

19日

儀式

12日は、本会主催のメモリアルサービスの日でした。

本会でのメモリアルサービスは
死別時期・対象者を問わず、信仰を問わず
死別を経験した方が、
亡くなった大切な方を偲ぶ行事です。

日常から離れ
亡くなった大切な方との思い出の時間にしていただきたい、と毎年行ってきました。


残念ながら私は今年参加できなかったのですが
担当スタッフ(朱鷺色さん)によると、とても良い雰囲気だったとのこと。


「笑いあり、涙あり、共感あり、感謝あり、喜びまであり、
  時には音楽の調べに乗って
  亡き人との時間を過せるように……」。


このように、気持ちを見つめるきっかけは、
とても意味があるように思います。


日本では古来から、多くの通過儀礼や式典・儀式を経て
人間が成長し、生活してきました。

お宮参り、七五三、成人式などの通過儀礼。
結納、結婚式、葬儀などの儀式。

古くは元服など、本や大河ドラマなどでしか知らないものもあり
想像することしかできませんが、
その多くは、覚悟を決め、過去の自分から脱皮するための大切なきっかけではないでしょうか。


現代の子どもにとっても
入学式や始業式、卒業式などの式典がなければ、
成長過程での覚悟は違ってくるように思います。


けれどそういった形式ばったものは時代とともに変化し
随分と簡略化されてきているのかもしれません。

不景気もあるでしょうが、
結婚式もお葬式も、低料金のパックが流行っていると聞きます。

もっともこれは日本だけでなく世界的な徴候のようです。
代わりに、自分だけの◯◯記念日など、個人で大切にされている方も多いですね。


長い歴史で見ていくと
徐々に新しい形式へと変化していく文化の転換期なのかもしれません。

 

私にとっての儀式は、というと……
葬儀には後悔ばかりがつきまといます。

経済的な事情から、十分な治療を受けることなく他界した母。
死別当時私はいい年の社会人でしたが、
親族の香典に頼らなければ何一つ動かせないほど、我が家にはお金がありませんでした。

家中の小銭を必死にかき集めて
市内で一番安い葬儀場の、4畳半の部屋を何とか借りました。
普段は、お坊さんの控え室に使っている部屋だそうです。


先祖代々信仰していた宗派はあるものの
我が家にはお坊さんを呼ぶお金もなく
法名を付けることもできませんでした。

友人も多く、明るかった母ですが
小さな部屋には入れる人数も限られます。
ましてや、来ていただいたところでお返しもできません。
身内だけで、小さな小さな葬儀を行いました。


母の最期を、こんなにも小さな部屋で寂しく行わなければならないだなんて
情けなくて情けなくて、胸が痛みました。
その一方で、葬儀の最中もお金の心配がちらつき
母の死について、覚悟したりけじめを付ける余裕など、なかったようにも思います。


もちろん、お金を掛けるだけが良い訳ではないし
お坊さんを呼んだから、派手なお葬式だから良いとは決して思いませんが
自分の治療費の心配ばかりして亡くなった母に、
せめて最期くらい、わびしい想いをさせたくなかったのです。


もしもあの時、もう少し満足なお別れができていたのなら、
死別直後の私の自責が薄らいだのではないか……
そう思うほどに、母の葬儀は私を苦しめました。

 


亡くなって二年後、ようやくお墓とお仏壇を購入し
お坊さんにお経をあげてもらい、法名をいただくことができた時、
張りつめていた緊張の糸が切れたかのように、
ホッとしたのを覚えています。


「早くお墓を、お仏壇を買わないと」
「法名も付けないで、成仏できない」
そういった慣習に、脅迫的に捕らわれてもいたのでしょう。

 


儀式とは、覚悟をきめること。
過去に区切りをつけ、新たな自分へ踏み出すきっかけ。


後悔ばかりの儀式を経験したからこそ
その意味を、大切さを、改めて思い知りました。


(オレンジ)