暖かい沈黙

「災害ハネムーン」という言葉があることを最近知りました。
災害をきっかけに結婚が増える、ということではありません。
そういう現象もあるにはあるようですが。

そうではなく、災害が起きると、被災者も支援者も、何となく一種の高揚した心理状態になることのようです。
未曾有の喪失に伴う悲しみよりも、目の前のあまりの変化に精神状態がパニックを起こし、正常さを失い、我も彼もないようなありさま。

こうしたハネムーンの一定期間が過ぎて、失われたものの大きさに改めて深い悲しみと絶望を覚える。
そうした状況に置かれている人々が今多いのではないかと想像します。


先日、第二次世界戦争のさなかに亡くなったユダヤ系フランス人女性哲学者シモーヌ・ヴェイユの言葉に出会いました。

「人 間にあって、人格とは、寒さにふるえ、隠れ家と暖を追い求める、苦悩するある〈もの〉なのである。・・・工場内では、人間はひとりひとりたえず悩まされ、 自分たちと無縁の意志の介入によって身を刺されるようなつらい思いを経験すると同時に、たましいは寒さにさらされ、苦悩し、だれからも見捨てられた状態の 中にあるのである。人間にはあたたかい沈黙が必要なのに、つめたい喧噪があたえられている。」

(シモーヌ・ヴェイユ著、田辺保・杉山毅訳、ロンドン論集とさいごの手紙、勁草書房、1987(新装版)16,17頁)


シモーヌ・ヴェイユは、このとき(晩年)はイギリスに亡命していたのですが、以前はフランス国内で自動車工場の女工をやったことがあるのです。
だから、奴隷のように機械的な労働に使役される人間のつらさを覚えているのでしょう。


現在の日本でも、心身の孤独や見捨てられ感をおぼえているひとはたくさんいるでしょう。
孤独(死)、孤縁(死)、絶望・・・。私たちに何ほどのこともできないのですが、そういう人の前では、「つめたい喧噪」ではなく、「あたたかい沈黙が必要なの」だと、ヴェイユは教えています。

2012年3月27日 NPO法人 生と死を考える会 理事長 田畑邦治