2012年

6月

12日

ペット(家族)の死が教えてくれたこと

関東も梅雨入りをして不安定な天気が続きますね・・。
みなさんはいかがお過ごしでしょうか?緑レンジャーは、風邪を引いてしまいました。

僕は以前、「ペット(家族)とのお別れ」という記事を書きました。

当然、僕も大切な人を亡くしていますが、その記事では、人だけではなく、ペットも人間と同じように大事な家族であるということを書きました。

僕は、「プレーリードック(リスを大きくしたような動物)」を飼っていました。

このプレーリードックは、今は輸入禁止となっていて、プレーリードックがいるペットショップはかなり珍しいです。
だから、自分がペットショップに行く時はいつも、「プレーリードックがいるわけないか・・・」と思いながらも、無意識に探してしまったり。
 
そして、昨年の4月に今住んでいる所に引っ越したのですが、家の近くにペットショップがありました。
例のごとくふと立ち寄ったところ、まさに「プレーリードック」がいました!!
そこは大きいお店ではないので完全にノーマークでした。
 
それから、元気がほしいなと思った時に「プレーリードックくん」を見に行き、短時間ですが、何度か抱っこさせてもらいました。

抱っこさせてもらってその温もりを感じる度に、僕が飼っていた子を抱っこした時の温もりを感じ、その子との記憶が一気に戻ります。

そして近所のペットショップを出る時は、元気をもらうと同時に、僕が以前に飼っていた子が今はいないことを無性に感じ、どこか寂しさを感じてしまうのも事実です・・・。

普通に考えたら、ペットの方が先に亡くなるかと思います。
そして、以前は「何でペットとして飼う動物はもっと長生きしないんだろう」と思ったことがあります。

でも、今は逆にペットの寿命が数年であることが自然なのかなとも思ったりします。

もし飼い主の方が先に亡くなったら、遺された子達はその後どうやって生きていくというのだろうか・・・。
そう考えると、やはり人間には、最期までその子を看取る責任があるのではないかと思うのです。

僕はまた「プレーリードック」を飼うかもしれません。でもそれは、以前、飼っていた子の姿を重ねて飼うのではありません。

今度もし家族になる「プレーリードックくん」がいたとしたなら、その子は以前飼っていた子とは違う、この世でたった1人の子です。

だからこそ「この子もまた自分より先に亡くなるんだろう」と思うのではなく、

限られた一緒にいれる一度きりの時間を悔いのないよう・・・そして楽しい思い出をたくさん作りたいと思います

(緑)