最期の晩餐

もう10年以上も前の話になりますが、
テレビ朝日系列で放送されていた『ニュースステーション』という番組に
『最後の晩餐』というコーナーがありました。


キャスターの久米宏さんと著名人との対談です。

「明日あなたが死ぬとわかったら、
   最後の晩餐は
   誰と、どこで、何を食べたいですか」。


私たち家族はこのコーナーが好きで
番組を観ながら、好き勝手に話したものでした。

当時の私たちにとって「死」はあまりに遠く現実味などまるでなく、
ただ好きな食べ物について語っていたに過ぎませんが。


確か母は、「お寿司」と言ったように記憶しています。
お寿司が大好きで、寿司職人と結婚したような人でした。


「じゃあ、何のネタにする?」などと、
結局は話が「最後の晩餐」からそれてしまいましたが
あの時居間で話した私たちは、確かに幸福でした。

まさか数年後に亡くなるだなんて、母自身、夢にも思わなかったのでしょう。

母の「最期の晩餐」は氷でした。
晩餐という言葉には似つかわしくない時間帯、朝の食事でした。

食事と呼ぶにもおこがましいかもしれません。
それはとても粗末なものでした。

介助をしていた私と母が、言葉を交わした最後の場面でもあります。

 

がんが進行し、
様々な薬の副作用に耐えられなくなったのでしょうか。

最期の夏、母はせん妄状態になりました。
幻覚が見え幻聴が聴こえ、私たち家族や看護師さんたちを困らせました。
やがて脳梗塞になり、目が見えなくなりました。
体も動かなくなりました。
簡単な意思表示はするものの、「言葉」を発することはなくなりました。

「あー」「うー」などの単語や
精一杯体を動かして、それでもほんの少しのジェスチャーでの、わずかな意思表示。
耳は聴こえていたようで、何とかコミュニケーションを取ることができました。


死期が近いことを覚悟して
私は母の病室に泊まり込むようになりました。

私の職場と病院は幸いにも近く、お昼休憩も顔を出せます。

仕事が終わると病室へ行き、夜は隣の簡易ベッドで眠り
朝になると自宅へ一度戻り、シャワーと着替えを済ませ、また病院へ。
出勤時間ギリギリまで母の顔を見に行きました。
脳梗塞が原因で飲み込む力のなくなった母は、飲食は難しく
点滴からの栄養で命を繋いでいました。

それでも喉は渇くのでしょう。
病院側から許されたのは氷でした。

小指の爪ほどの大きさに砕いた氷を、2~3粒ごとスプーンで口に含んでやります。
喉の渇きが解消されるのか、うつろな目で「おかわり」をねだりました。
口を開いて次のスプーンを待つのです。

母にとって、氷は唯一自分の口から摂取できるものとなり
また私と母とを繋ぐ、大切なコミュニケーションとなっていきました。


その日は8月、とても暑い日でした。


朝、自宅でシャワーと着替えを済ませた私は、
出勤までの僅かな時間を、いつものように母の顔を見に病室へ寄りました。

自分ではスプーンを握ることのできない母に代わり
今朝も氷を口に含ませます。


普段なら5~6回で満足し、「おかわり」をしなくなるはずなのに
その日は10回を越えても、まだ口を開き続けます。


だんだんと出勤時間が迫って、私は焦りました。
母の要望に答えたい気持ちと
私の状況を理解し配慮してくれている職場に、
遅刻してこれ以上迷惑を掛けられない気持ちとで、苦悩していました。


始業時間10分前、5分前…。
職場までは走れば3分の距離とはいえ
さすがにもう病室を出なければ間に合いません。

「お母さん、これでもう最後だからね?もう遅刻しちゃうから行かないと」。
そう言っても、「おかわり」は止みません。


2回ほど繰り返して、とうとう3分前。
もう行かなきゃ…。

「本っ当に、これで最後だから!もう遅刻しちゃうから!」。
それでも「おかわり」は止みませんでした。


「ごめん!!本当にもう無理!!!また昼に来るから、行くからね!じゃあね、バイバイ!!!」。
顔も見ずに、まるで言い捨てるように叫び、速足で病室を後にしました。


母が完全に意識を閉じてしまい、
寝たきりになったのは、それから数時間後のことです。


私が昼休みに病室を訪れた時には、
目も開けず声も発することなく、ましてや口を開けて「おかわり」などしないのでした。


喉が乾いていたんだろう、と思います。
なのに、私に叱られて氷も与えられず
母の絶望はいかほどだったでしょうか。


意識レベルがゼロになった母に
「お母さん、ひどい言い方してごめんね」と謝っても
ピクリとも動かず、ただ眠り続けるだけでした。


自分の親が弱っていく様、
まるで幼児のようになっていく様を傍で見るのは
娘の私には正直しんどかったです。
その気持ちが、母との最後の会話に八つ当たりとして表れたのかもしれません。


今日みたいに暑い日は
母の最期の晩餐を思い出します。


自分が、喉がカラカラに乾いて水分を口に含む時、
「自分だけ、喉を潤すんだ…」という罪悪感に囚われます。

それは6年経った今でも、拭うことなどできず
今も私の心は渇いたままです。

(オレンジ)

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「分かち合いの会」のお知らせ

◆8月10日(金) 14時~17時
 *第2金曜日の集まりは、主にお子さんを亡くされた方の集まりです。

◆8月18日(土) 17時~19時30分
 *第3土曜日の集まりは、大切な人を亡くされた若い世代(主に20代30代)の方の集まりです。

◆8月21日(火) 18時30分~20時30分
 *第3火曜日の集まりは、様々な体験の方の集まりです。

◆8月25日(土) 14時~17時
 *第4土曜日の集まりは、様々な体験の方の集まりです。

◆9月1日(土) 14時~17時
 *第1土曜日の集まりは、大切な人を自死により亡くされた方の集まりです。
 
◆会場/NPO法人生と死を考える会 事務局(東京都新宿区) JR信濃町徒歩1分
◆参加費/一般1,000円 会員500円

※会場などの詳細は、HPをご覧ください。
http://www.seitosi.org/

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