2012年

12月

30日

年末に

今年もあと1日になってしまいました。

この時期冬至のかぼちゃ、そしてゆず湯、クリスマスケーキやミートローフ

など行事の食べ物がたくさんありますね。


葬儀後の何年かはこだわりや、何もかもしたくない気持ちがあり毎年のように行なってきたことをしない日が続きました


最近では出来るようになり、したい気持ちになりました。


冬至にゆづ湯にはいると風邪をひかないと言われています。

血行促進効果があって風邪の予防だけでなく、冷え性や神経痛、腰痛などを

和らげる効果があることが科学的にわかっているようです。


今年のクリスマスケーキは手作りケーキのご相伴にあずかりました。

定番のショートケーキとクリスマスリースをイメージしたケーキの2種類。

クリスマスケーキ

作ることも楽しみですが、ご馳走になるのも嬉しかったです。

さて年末の大掃除が控えています。
 
珍しい我が家の習慣、墓石にお飾りを飾ります。
房総の慣わしでしょうか、墓石にお飾りを縛り付けて飾るのは初めびっくりしました。
今では慣れて、お墓もお正月を迎えるように思えています。

どうぞ佳きお年を迎えられますようにお祈り申しあげます。

                    2012年年末  朱鷺色


2012年

12月

27日

体が資本?!

こんにちは~、緑レンジャーです。

 

さて、今日のお題は「インフルエンザ」です。

 

その題名通り、僕は22日にインフルエンザに罹り、22日~26日まで仕事を休みました、週末の連休から25日までベットで憔悴してました

 

記憶がある範囲でインフルエンザに今まで一度も罹ったことのない自分にとって、今回のインフルエンザは改めて怖いなと思いました。

 

どこでもらったのか分からないのもそうですが、高熱と全身の痛みでベットから起き上がれず、食欲もありませんでした。


1人ベットで寝ていると、人間辛い時はさらにネガティブな考えが出てくるのか、色々と考えてしまいました。今までずっと引きずっている過去、そして、これからの未来・・・・。


ニュースでも、ノロとインフルエンザが流行り出したと報道されてますし、皆さんもくれぐれも、ご注意ください。


ただし、復活したからには、物事をポジティブに考えようということで・・・、今年の若い世代の分かち合いでは、多くの方々に出会いました。

 

確かにこの会で出会うことは、死別の辛い体験があって出会ったわけであり、喜ばしいものではないと思います。

 

でも僕は、分かち合いで一人一人の方との出会いに感謝をしたいと思います。

 

そして、僕達のブログの記事を読んで下さっている方へ、1年の感謝の気持ちこめて

「いつも記事を読んでくださって、ありがとうございます」


 

(緑)

2012年

12月

16日

クリスマスのこと

もうすぐクリスマスですね。

ミネソタに留学していた娘は「ホワイトクリスマス」をとても楽しみにしていました。


残念なことに、日本とは全く違う、家々のイルミネーションを見ることは出来ませんでした。


今日家族が飾りつけました。


空から見えますか?

私が下から見てあなたが上から見えたらいいのになー。


                      朱鷺色

クリスマスイルミネーション

2012年

12月

01日

葉書

こんにちは、オレンジです。


街はどこもかしこもクリスマスに年末モ―ドですね。
行き交う人は忙しそうで、でもその忙しさを楽しんでいるようで

この時期特有の雰囲気を感じます。


日々寒くなってもいますが、皆さんお変わりないでしょうか。



この季節になると、喪中葉書のことを思い出します。


私の大切な人が亡くなったのは、今から6年前の9月末のことでした。

お葬式が終わって間もなく「あぁ、そうだ。喪中葉書出さなきゃ………」と、重だるい頭で考えました。


経済的な事情から形だけしか行うことができなかった葬儀。

呼べる人数も限られていたため
亡くなった事実はほぼ親族にしか知らせていない状況でした。


喪中葉書を通じて、お世話になった方や知らせるべき方へ連絡する必要があったのです。



けれど死別直後の私は頭も身体も鉛のように重く、何をするにも億劫でした。


全身の気力を振り絞りながら

すごくすごく時間を掛けて、ようやく葉書の片面を作成しました。

 


次は宛名です。
何よりもキツかったのは、亡き人の手帳を開かなければならないことでした。


宛先を確認するためとはいえ
自分以外の手帳を開くことには抵抗があります。


そこには、亡くなった人の苦悩が記されていました。

パラパラとページを繰っただけで目に焼き付き、苦痛で苦痛で仕方ありませんでした。


 

休みながら、少しずつ少しずつ作業をして
ようやく宛名の印字が終了したのは、その年の暮れ。
もう、22日でした。



達成感など微塵もなく
「どうしてこんな時期に…」という、自分への苛立ちしかありません。



私がまだ小さな子どもだった頃、亡くなった人が言っていたセリフを思い出しました。


「あの家は香典返しも喪中葉書も何もない。何の音沙汰もない。
何て非常識な家だろう」。


まっすぐだった故人には、先方が許せなかったのでしょう。



あぁ、けれど、お母さん。
あなたの娘こそ非常識な人間です。
ごめんなさいごめんなさい、恥を掻かせてごめんなさい。



何度も何度も謝りました。


謝ったけれど
私はとうとう、1枚の葉書もポストへは投函しませんでした。できませんでした。


 

 

今年も、我が家には喪中葉書が届き始めています。


故人の死を悼むのはもちろんですが
葉書が手元に届くまでの経緯を、ご遺族の想いを想像すると
何だかそれだけで、私は胸がいっぱいになってしまうのです。



(オレンジ)

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「分かち合いの会」のお知らせ


◆12月14日(金) 14時~17時
 *第2金曜日の集まりは、主にお子さんを亡くされた方の集まりです。
 
◆12月15日(土) 17時~19時30分
 *第3土曜日の集まりは、大切な人を亡くされた若い世代(主に20代30代)の方の集まりです。

◆12月18日(火) 18時30分~20時30分
 *第3火曜日の集まりは、様々な体験の方の集まりです。

◆12月22日(土) 14時~17時
 *第4土曜日の集まりは、様々な体験の方の集まりです。
 
◆1月5日(土) 14時~17時
 *第1土曜日の集まりは、大切な人を自死により亡くされた方の集まりです。
 

◆会場/NPO法人生と死を考える会 事務局(東京都新宿区) JR信濃町徒歩1分
◆参加費/一般1,000円 会員500円

※会場などの詳細は、HPをご覧ください。
http://www.seitosi.org/

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2012年

11月

29日

年を重ねる中で

今年は11月に入り、急に寒くなりましね。

テレビで、冬物のダウンジャケットが例年よりも早く出荷されているとの話題や関東の電力の需要率が94%になったとの話が出ていました。

 

そして、北海道での停電のニース・・・停電をされている方のことが心配ですね。

 

あと数日もしないうちに12月になり、ちまたやテレビもクリスマスや年末年始の話題になるのでしょうか。

 

若い世代での死別では、当然、死別の苦しみや悲しみなどの感情が起こると同時に、今の雇用や社会保障等など不安定な社会状況の中では、現在の生活や仕事等の悩みを抱えている場合も多いのではないでしょうか・・・。

 

ただ、この思いは、今の若者だから考えることなのでしょうか?

 

よく、人生の先輩方は、「今の若い者は・・・・」、「私たちが若い頃は・・・・」と言ったり、逆に、若者は「今と昔では違う」といった言葉を口にするかもしれません。

 

私もこの会に初めて参加したのは大学生の頃でした。初めて参加したその日のことは今でも覚えています。

その当時の20代なりたての自分は、多くの人生の先輩にはどのように映っていたのでしょうか。

 

そして12月という月を何回か重ねた今では、いつの間にか僕も、「今の若い子達は・・・・」なんてことを言ったりもしたりして・・・。

 

確かに環境や生活スタイルは時間の経過とともに確実に変化はしているのかもしれません。でも、私達が年を重ねる中で感じる感情や思いの中には、変わらないものがあるのかもしれません。

 

僕がおじいちゃんになった時、この記事を書いた自分のことをどんな風に思うのか・・・楽しみです。

 

(緑)

 

 

2012年

11月

21日

命日

命日、記念日、祈念日、メモリアルデー、何と言ってもいやな言葉です。

 

今年もお花を頂きました。りんごがふたつついているのは若い人。

 

カサブランカは私と同年の人、命日にいただく花束は


嬉しくて、悲しくて複雑です。

 

毎年毎年いただくお花が見えているのでしょうか?

 

カサブランカ

不在になってからも、お誕生日にもお花を頂きますが、

こちらは素直に嬉しいのです。
 
出会いがあるから別れもある、と聞いたことがあります。
 
私のところに生まれてきてくれたせっかくのいのちなのに、

もったいない、もったいない・・・・。
 
このところ情緒不安定な日を過しています。
 
                   朱鷺色
 
 
お知らせ

NPO法人「生と死を考える会」創立30周年記念講演会
 
いのちの再建弁護士 -会社と家族を生き返らせるー
 
中小企業再建専門弁護士が語る、人生の「再生」。顧問先の社長の自死、
 
愛娘の突然の死を自らの人生の宿命とし、絶望の中の希望を語る。
 
誰もが見放した会社を、人生を、命を救う。

講師  村松謙一  光麗法律事務所代表

 
日時:2012年12月8日(土)  14:00~17:00(受付13:30~)
 
会場:真生会館 4階第7会議室
 
参加費:会員/学生:1,500円   一般:2,000円 

(当日受付にてお支払いください)
 
申込み:下記主催「NPO法人・生と死を考える会」宛てに、
 郵便・ファックス・メール・電話にてお申込みください。

NPO法人・生と死を考える会
〒160-0016新宿区信濃町33-4真生会館内
電話03-5361-8719 fax03-5361-8792
off@seitosi.org
http://www.seitosi.org/

2012年

11月

11日

高尾山

高尾山

高尾山に登りました。
何年生かすっかり忘れましたが、遠足で行ったことがあります。
山登りは苦手!なのにどうして行ったの?
誘ってくれた人、ご一緒のメンバーが大好きなので行ったのです。

往きもそれなりに大変でしたが、帰りの舗装された道の大変だったこと……。

紅葉はまだまだでしたが、見晴らしの景観は素敵でした。
写真でお相伴ください。

高尾山のトイレ

これはトイレです。
山頂にあるこのトイレはウォシュレットまであるトイレでした。

山に行ったら帰りには、温泉に入ったり、お蕎麦を食べるのに
私のせいですっかり遅くなり、まっすぐ帰りました。

電車の中で左のモモがつって大変でした。
ホカロンを持っている人がいて、貼って温めましたらよくなりました。

紅葉がまだだったので、もう一度行きましょう、のメールが来ました。

どうしようかな?と悩んでいます。

                       朱鷺色

2012年

10月

31日

変化していく

先日、1年振りに地元へ帰りました。

大切な人が最期を迎えた病院の前も通りました。
建物はすっかり新しくなっていて、
あの茶色い古くさいひび割れた病棟は面影もありませんでした。

思えば入院していた頃から改装工事をしていたのだから
あれから6年も経てば様変わりして当然です。

当時の私の職場から、走って3分のその病院を選んだのは私。

朝も昼も夜も少しでも永く大切な人と過ごすためでした。

無理矢理に引っ張って検査へ行ったあの日、
手術直後の「痛い、痛い!」と叫ぶ声を耳にしながら、何もできず弟と無言で帰宅したあの日、
手術以来初めて食欲が出て、「すいみつが食べたい」というワガママに
胸をはずませ走ってデパートまで買いに行ったあの日。

泣きながら笑いながら様々な想いを抱えて
朝も昼も夜も毎日まいにちくぐったあの玄関は、もう見る影もありませんでした。

一度は元気になった大切な人が、「リハビリ」と称してぐるぐる散歩していたあの階段も廊下も
向かいの病棟の患者さんと笑顔で手を振り合った窓も
2人で相談しながら仲良く買い物に行った売店も

本当に全部なくなっちゃったんだなーと、痛いほど実感しました。

病院がきれいになることはとても良いことです。
以前の建物よりも機能的になったのでしょう。

けれどあの茶色い古くさいひび割れた建物は
私と大切な人が過ごした最期の場所なのです。

新しい病棟を仰ぎ見て、何だか寂しくて哀しくて少しだけ泣いてしまいました。

死別から時間が経過し、
大切な人との思い出もこうして少しずつ変化していくのでしょう。

受け入れる準備は、まだできていないのだけれど。

 
(オレンジ)

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「分かち合いの会」のお知らせ


◆11月9日(金) 14時~17時
 *第2金曜日の集まりは、主にお子さんを亡くされた方の集まりです。
  
◆11月17日(土) 17時~19時30分
 *第3土曜日の集まりは、大切な人を亡くされた若い世代(主に20代30代)の方の集まりです。

◆11月20日(火) 18時30分~20時30分
 *第3火曜日の集まりは、様々な体験の方の集まりです。

◆11月24日(土) 14時~17時
 *第4土曜日の集まりは、様々な体験の方の集まりです。

◆12月1日(土) 14時~17時
 *第1土曜日の集まりは、大切な人を自死により亡くされた方の集まりです。
 

◆会場/NPO法人生と死を考える会 事務局(東京都新宿区) JR信濃町徒歩1分
◆参加費/一般1,000円 会員500円

※会場などの詳細は、HPをご覧ください。
http://www.seitosi.org/
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2012年

10月

24日

金木犀

キンモクセイ

金木犀の花がようやく咲き、そろそろ終わりでしょうか。
いつもは9月に咲いているので今年はちょっとゆっくりでしたね。
花の咲いているのを見つける前に香りで気がつきます。
いい香りがして、あたりを見回すと
オレンジの可愛らしい金木犀が咲いているのを見つけます。
 
家族を花にたとえたら何かなーと思いをめぐらせたことがあります。
 
そのとき夫は金木犀の花と考えました。
まちの中に咲いている金木犀は、大きさも色も形も目立たない木で、
華やかに咲く花ではありませんが、、実りの秋の訪れを知らせてくれるかのように、
街を香りで満たしてくれます。
道端に散り敷くオレンジの小花は、おしゃれな夫に似ているように思えました。
花言葉は「謙遜、初恋」
 
私はちょっと図々しいかなと思いながらも、どくだみの花がいいと希望をこめて・・・・・・。
庭の片隅にひっそりと咲く、小さな花の風情は、
確かに私からはるか遠いように思います。
どくだみの名は「毒痛み」からきているといわれ、
十薬という別名のように、整腸、利尿、緩下、緩下、解毒などの
民間薬としての用途が広いことは、ひとのために働く事や、
世話好きといった、私の生き方に通じるものがあるように思うのですが…。

                                      朱鷺色

2012年

10月

08日

朝散歩

コーギー

早朝6時、顔も洗わずにボッ~としたまま、虫除けスプレーだけして、私は出勤前に、愛犬の散歩に30分ほど繰り出します。夏は汗だくですが、この起き抜けの「散歩」が、実に至福の時間だと、やり始めて最近知りました。今まで知らなかった。なんてもったいない!

彼岸花

朝の時間は、ボッ~とした頭をいったんクリアにしてくれ、今日一日やるべき仕事や考えを整理するのに役立ちます。また、自宅そばの玉川上水を歩くのです が、季節に合わせた、桜や彼岸花、夏草や紅葉や落ち葉、風や陽射し、鳥や虫、本当に自然満載で様々な季節の発見をします。ありがたいことにそれだけで私は 癒され、前向きな気持ちになれます。今年は2回も野生の蛇に遭遇しました!こわかった~

蛇

↑真ん中のが逃げるヘビ。

朝のパワーと、自然のパワーが、重なると、良いことばかりです。
昔は朝起きるのが苦手でしたが、今はこの早朝散歩のためなら、5時起きも苦ではありません。
それだけはまるのです!!
ぜひこの朝散歩お勧めです!!

脳科学的にも、仕事やや勉強の前に運動をすると効率や成績が上がることが実証されています。朝散歩は理にかなっているのです。

愛犬「とろ」(コーギー2才女の子)は様々なことを教えてくれます。自然と共に生活できることのよろこび、今を楽しむことの大切さ、笑顔で笑うこと。悲しい時は吐き出す相手にもなってくれ、身体の調子の悪い時は察して静かにしてくれます。
朝散歩はきっと、互いの楽しみを分かち合う大切な時間なのです。

愛犬

ピンク

2012年

10月

07日

メモリアルサービス

メモリアルサービスのお知らせ

 

日時 :2012年10月13日(土)14:00~17:00

 

場所 :真生会館4F (信濃町下車2分)

 

参加費:会員・学生 2,000円  一般 2,500円

 

         (当日受付にてお支払いください)

 

メモリアルサービス、それは大切な亡き人を「追憶」すること

 

生死の境を越えて絆を深めること。

 

特定な宗教や個人に限定せず、参加者それぞれにゆかりの、

 

亡くなられた大切な人を偲び、思い出と、出会いのひとときを過せればと思います。

 

インディアンフルート奏者 Mark Akukusa(マーク アキクサ)さんをお招きし、素晴らしい演奏の音色とお話をご一緒いたしましょう。

マーク アキクサさん

2012年

9月

28日

2年目を迎えて

生と死を考える会で「若い世代の分かち合いの会」を始めまってから、9月でまる2年を迎えました。


若い世代の分かち合いの会を初めて開催したのが、2010年9月18日(土)でした。最初5名のスタッフを中心に始めた「若い世代の分かち合い」も新しいスタッフが増えました。


そして、この2年間には、多くの方々が参加してくださいました。

参加者は、親やきょうだい、恋人や配偶者、子ども、親友など故人との続柄や死因も様々です。

また、毎月の分かち合いもその時によって、人数も違ければ、参加者の背景も違います。


参加者やお問い合わせを頂いた方の中には、会のHPの「若い世代の分かち合いの会」のメッセージ(案内文)を見られた方も多いかと思います。


私たちがこの若い世代の分かち合いのメッセージを考えた時に浮かんだこと、それは


『若い世代で大切な人を亡くしたゆえの「苦しみ」や 「 悲しみ 」、


「 生きづらさ 」・・・そしてその先にある 「 希望 」 』   でした。


実際に分かち合いを初めて、参加者そしてスタッフの間ではそのような思いが語られているように思います。


これからも「若い世代の分かち合いの会」は、会を必要としてくれる方がいる限り続けていきたいと思います。


            

                「若い世代の分かち合いの会」スタッフ一同



2012年

9月

27日

お知らせ

明日講演会があります。

 

心に響く内容です。お時間がありましたらぜひご参加ください。

 

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《絆といのち》   講師  森一弘師 (カトリック司教)

 

   ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

夫婦の絆、親子の絆、地域との絆などなど、様々な絆がある。

 

絆は、独りでは生きていけない人間にとっては、

 

かけがえのない命綱のようなものである。

 

そんな絆に真実の愛が吹き込まれる時、絆は一人ひとりの人生に

 

喜びを灯し、確かな希望となって永遠につきない交わりへの道を開く。

 

実に愛に息吹かれた絆は命の輝きの源泉である。

 

今回、無縁社会の到来と言われる現代日本社会を念頭に置きつつ、

 

改めて人にとっての絆、愛、命の意味を確認したい。

 

日時 :2012年9月28日(金) 19:00~21:00 (受付18:30~)

 

会場 :真生会館 4階

 

参加費:会員・学生 1,000円  一般 1,500円

 

申込み:下記電話にてお申込みくださるか、直接会場においでください。



NPO法人・生と死を考える会
〒160-0016新宿区信濃町33-4真生会館内
電話03-5361-8719 fax03-5361-8792
off@seitosi.org
http://www.seitosi.org/

2012年

9月

21日

彼岸花

彼岸花

暑かった夏も「暑さ寒さは彼岸まで」の言い伝えどおり朝夕の涼しさがうれしく感じられるようになりました。

 

今年は「彼岸花」の咲くのが遅かったようですが、きれいに咲いてくれました。

 

彼岸花の根っこは冷やす作用があるようで、足をくじいた時根っこを摩り下ろして小麦粉と混ぜ合わせ布に

 

べったり貼り付けて患部を冷やしてくれました。

 

幼い頃の思い出です。

 

花言葉は「悲しき思い出・思うあたなは一人 また会う日を楽しみに」

 

なんて私の気持ちにピッタリの花言葉でしょうか?

 

                 朱鷺色

2012年

9月

15日

オリンピック&パラリンピック

この夏はオリンピック観戦に、以外にも熱中しました。
ロンドンは夜中の放映時間ということもあり、その期間は仕事しながらも絶不調の体調を2週間維持しつつ(笑)今までで一番熱中しました。


開会式観ましたか?


イギリスという国の良さが全面に出てましたね!

 

エリザベス女王が、ジェームズボンドと、空からスカイフォールするなんて誰が想像したでしょう‼
日本なら天皇陛下をヘリから飛ばすようなそんな大それた発想もつきません!

 

素晴らしかった!

そして感動をもらった数々の競技。


なでしこサッカー、女子バレー、水泳、男子リレー、卓球、テニスetc.
観てるだけで惹きつけられました。


 

中でも、ピカイチのかっこよさを放ったパラリンピックの車いすテニスの国枝選手。知ってますか?

ラケットに貼られた手書きのラベル
「俺は最強だ」。


金メダルをとったプロのプレーヤーです。


彼は9才の時に脊髄腫瘍で車いすに、中1からテニスを始めています。


 

私も中学からずっとテニスをやっていて、今でも楽しんでいます。

テニスをやっている人ならなおさらわかると思いますが、車いす座位の状態で、あんなに強いショットや、健常者と同等の素晴らしいコースに打つショットは、あり得ません。

本当に驚きました。

 


彼は中3になって、9才の時の病気ががんだったと知り、「与えられた命だから、どんな時も諦めずに生きて行こう」「人生何が起こるかわからないから、毎日を悔いなく生きていこう」と
思ったそうです。

 

死別を経験した人も少なからず、こういったことを感じるのではないでしょうか。


彼のすごさを感じたのは、なんというか、人生の覚悟のようなものの上にある、かっこよさです。

 

若いからでしょうか。


いや、そうではないですね。私が仕事で出逢うお年寄りでも、中高年でも、自分で自分の人生を受け入れ、覚悟し、日々闘っている人は、本当に「かっこよく」見えます。


 

私は、
そういう人間の弱いけどそれでも持っている力強さ、
にとても惹かれています。




 

ピンク





 

《分かち合いの会のご案内》



◆9月1日(土) 14時~17時
 

*第1土曜日の集まりは、大切な人を自死により亡くされた方の集まりです。

 


◆9月14日(金) 14時~17時
 

*第2金曜日の集まりは、主にお子さんを亡くされた方の集まりです。

 


◆9月15日(土) 17時~19時30分
 

*第3土曜日の集まりは、大切な人を亡くされた若い世代(主に20代30代)の方の集まりです。

 


◆9月18日(火) 18時30分~20時30分
 

*第3火曜日の集まりは、様々な体験の方の集まりです。


 

◆9月22日(土) 14時~17時
 

*第4土曜日の集まりは、様々な体験の方の集まりです。

 




◆会場/NPO法人生と死を考える会 事務局(東京都新宿区) JR信濃町徒歩1分

 


◆参加費/一般1,000円 会員500円


※会場などの詳細は、HPをご覧ください。

http://www.seitosi.org/

2012年

8月

30日

ひるがお

ヒルガオ

この夏はことのほかの暑さが続いていますね。

 

夏の花の中で大好きな花に「ひるがお」があります。

 

車道のフェンスに絡まって咲いていたり、植え込みの木などに

 

なにげに絡まって咲いているやさしい風情が好きです。

 

私は5人家族でしたが、ひとり亡くなって5という数に異常にこだわっていた日々がありました。

 

歯ブラシ立てなど4つしか穴が無いのには悲しくて5人用の物を探しました。

 

先日5つ揃ったひるがおを見つけた時、とってもうれしかった!

 

ひるがおの花言葉「和やかさ・絆」 素敵な花言葉に感謝。

 

まだまだ残暑はきびしいようです、どうぞお大切にお過ごしください。

 

                            朱鷺色

2012年

8月

30日

本を読む日常

大切な人と死別して、活字が読めなくなってしまいました。

文字が目に入るだけでめまいがして、吐き気が止まらないのです。
無理矢理読んでも内容など一切掴めず、右から左へ流れていくだけでした。

気持ち悪くて苦しくて仕方がなかったけれど、文字情報なしでは生活ができません。
当時の仕事は特に、活字に触れる機会が多かったのです。

めまいと吐き気をぎゅっと堪え、勤務中は必死に活字を追います。
一度では到底理解などできず
休みやすみ深呼吸しながら、何度も繰り返し読みました。

望んで就いたはずの職業なのに、まるで地獄のようでした。

もちろんそんな状態で意地を張って仕事したって成果など出るはずがなく
その働きぶりは、今思い返しても本当に情けないものでした。
けれど当時の私には自身を客観視する余裕すらなく
フラフラになりながらも、とにかく目の前の仕事にガムシャラでした。

勤務中はひどく具合が悪かったけれど
余裕がない分、死別の苦しみからは逃れられます。

仕事だけが生き甲斐かのように、まるで縋るように、必死になって職場へと通い続けました。


活字が読めなくなり
毎日続けていた読書記録も途絶えてしまいました。


一日一冊本を読んで、簡単な記録をつける。


日記代わりのそれは習慣化し、高校生の頃から11年以上も続いていたのに
大切な人との死別以来、「本を読みたい」などという感情はすっかり消え失せたようです。

以前なら飛び付いていたはずの大好きな作家の新刊も
写真たっぷりのファッション雑誌も、続きを心待ちにしていた連載漫画でさえも
体中が拒否反応を示します。

大切な人と死に別れて二度と逢えないことは哀しく、本当にほんとうに胸が引き裂かれるほどでした。
自責に苦しみ、頭を抱えてのたうち回る毎日でした。


ですがその感情とは別の次元で
私の日常を蝕む様々な身体症状がありました。

「活字が読めない」だけではありません。
朝起きられずとにかく疲れやすく、めまいと吐き気が頻発します。

自分が自分じゃないみたいで、悔しかったし辛かったです。


 

「このまま一生体調不良で、本も読まずに暮らしていくのか…」。
ぼんやりと諦めかけたのは、死別から一年が経つ頃。

ちょうど引っ越しが迫っていて
「本棚にある本を全部処分してしまおうか…」と
自棄になっていました。

埃をかぶった本の中から、ふと谷川俊太郎さんの詩集が視界に入り
「処分前に、一度だけ目にしてみようか」
その時はなぜだか、そう思えたのです。

ゆっくり、ゆっくり、深呼吸しながら読みました。
1ページ捲るごとに閉じて休憩しながら、半日掛かりで。
仕事の資料以外で一冊の本を読み終えたのは、大切な人が亡くなって以来初めてのことでした。

「後悔」と題された詩で、声を上げて泣きました。

 


あまりに自分の感情に似過ぎているその詩は
現実を受け入れられずにいる愚かな自分に、唯一寄り添ってくれているようでした。

 


活字に救われたのだ、そう思いました。

 


小さい頃から引っこみ思案で本が友だちだった私は

拙過ぎて言葉にできない感情を、思い返せばいつも本に代弁してもらっていたのでした。

 

 

一冊読了できたことで自信が付いたのか
敵だったはずの活字が、実は味方だと気付いたからなのか
それ以来、「本を読みたい」という欲求が再び芽生えました。
じっくりと時間を掛けて、自分の体調に留意しながら読む進めることで
めまいも吐き気も徐々に緩和されていきます。

読書記録を再会するまでにそう時間は掛かりませんでした。

大切な人のいない生活に違和感を覚えながらも
私はまた、本を読む日常へと戻ってきました。
 

現在、読書記録を始めて18年目。

誰に見せるわけでもない、ただの自己満足に過ぎないのですが
私には大切なたいせつな習慣なのです。

一年近く空白ができた期間もあるけれど
それすらも私の苦悩の記録なのだ、と今は愛しく思えるほどに。



わくわくしながら本を読める喜びを噛みしめて

今日も、私の日常が過ぎていきます。

 
(オレンジ)

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「分かち合いの会」のお知らせ
 
◆9月1日(土) 14時~17時
 *第1土曜日の集まりは、大切な人を自死により亡くされた方の集まりです。
 

 

◆9月14日(金) 14時~17時
 *第2金曜日の集まりは、主にお子さんを亡くされた方の集まりです。
 


◆9月15日(土) 17時~19時30分
 *第3土曜日の集まりは、大切な人を亡くされた若い世代(主に20代30代)の方の集まりです。

◆9月18日(火) 18時30分~20時30分
 *第3火曜日の集まりは、様々な体験の方の集まりです。 

 

◆9月22日(土) 14時~17時
 *第4土曜日の集まりは、様々な体験の方の集まりです。

 
◆会場/NPO法人生と死を考える会 事務局(東京都新宿区) JR信濃町徒歩1分
◆参加費/一般1,000円 会員500円

※会場などの詳細は、HPをご覧ください。
http://www.seitosi.org/

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2012年

8月

21日

お弁当

今年の夏も、近くの市営プールでは、子供達の歓声が朝からこだまし、連日のうだるような暑さも手伝ってか、大変な賑わいです。


小学生の頃、私は顔を水につけるのが恐くて、プールで泳ぐのが苦手な子供でした。


そんな私を母は心配して、スポーツ教室に通わせてくれました。


そこは水泳以外にも、跳び箱や体操、球技など、運動全般を指導してくれる教室で、運動が苦手な私は、しぶしぶ放課後に通いました。


すぐに「やめたい。」「もう、行きたくないよ。」と反発しては困らせていた私に、母は愛情がたくさん詰まったお弁当をいつも持たせてくれました。


お腹を空かせて学校から帰ってくる私は、教室に向かうバスの中で、待ちきれずにお弁当を広げたものでした。


引っ込み思案の小学生だった私が、なんとかやめずに教室に通い、泳げるようになったのも、今は亡き母のお弁当のお陰かもしれません。


その時の懐かしい味が、母のあたたかさが、子供達の歓声を聞いていたら突然、胸いっぱいに広がってきて、無性に母の作ってくれたお弁当を食べたくなりました。


(赤)

2012年

8月

15日

子供の頃の思い出

お盆休みは、皆さんいかがお過ごしでしょうか。
私は仕事の関係で今年はお盆の時期に帰省できません・・
 
この時期は、大切な人を亡くした方にとっては色々な思いを感じさせる時期ではないでしょうか?
 
普段の忙しない生活を送る中では、お盆の時は故人のことを偲び、お墓やお仏壇の前で故人と会話をする大切な時間になるかもしれません。
 
一方、故人がいない寂しさや悲しみをより一層実感することもあるかもしれません。
 
私 にとって、この時期はお盆というより、大切な人がこの時期に最期の入院をした1か月間の記憶とどうしてもリンクしてしまいます。なので、死別して数年間は この時期は思い出したくない病院の出来事がフラッシュバックしては混乱していましたし、今でもこの時期は心がザワザワします…。
 
それでも、お盆の時に、お墓に提灯を持って先祖(故人)を迎えに行く(あの世からこの世に戻ってくる)という考えに何となく共感できる部分があるように感じます。
 
私も小さい時に、母と一緒に不揃いなお団子を作ったり、子どもであるせいか、「自分が提灯の火が消えないように持つ!!」と親に言い張り、いつ時からかそれが自分のお盆の役割になっていたように思います。
 
今年はブログを通して、子どものころの懐かしいお盆の思い出を感じることができたことに感謝したいと思います。
 
若い世代の分かち合いは、今月も変わらず第3土曜日の18日に開催します。
 
(緑)

2012年

8月

06日

ともに。

 

(福島県相馬 松川浦)


今日は広島原爆投下から67年の日でした。

テレビで見た広島市長の言葉。

「被爆地ヒロシマだからこそ、福島と気持ちは共にある」


ヒロシマのNPOが夏休みに原発事故で苦しんでいる福島の人達を受け入れたり、様々な交流が進んでいるようです。

「広島は、より深く福島を理解できる。ヒロシマだからこそ、ありのままを受け入れて、共に苦しんだり悩んだりできればいい。」


腫れ物に触られるような扱いを、全国の避難先で福島の人達は受けると言います。周りもどう理解したり共感していいのかわからないのでしょう。


私はこの広島市長の言葉を聞いて、

心が震えました。

私にとっての福島が、第二の故郷であり、あの浜通りが変わってしまい悲しんでいるからでもあります。

でも、それ以上に、この広島のスタンスは、この分かち合いの原点だと思ったからです。


分かち合いの会は、参加しても言葉にできない人もいる、泣くだけしかできない参加もある、他人の話を聞いて勇気をもらったり、励まされたり。

それは、何かを誰かのためにしてあげることじゃなく、

共に悩んだり苦しんだり、

共に心はあるというもの。

何もできなくても話せなくても、

心はあなたと同じ。


ヒロシマが、フクシマの良き理解者であり、伴走者であり、支援者であり続けることを願って止みません。


今月の「分かち合いの会」のお知らせ

◆8月4日(土) 14時~17時
 *第1土曜日の集まりは、大切な人を自死により亡くされた方の集まりです。


◆8月10日(金) 14時~17時
 *第2金曜日の集まりは、主にお子さんを亡くされた方の集まりです。


◆8月21日(火) 18時30分~20時30分

 *第3火曜日の集まりは、様々な体験の方の集まりです。


◆8月18日(土) 17時~19時30分

 *第3土曜日の集まりは、大切な人を亡くされた若い世代(主に20代30代)の方の集まりです。


◆8月25日(土) 14時~17時
 *第4土曜日の集まりは、様々な体験の方の集まりです。

 

 

◆会場/NPO法人生と死を考える会 事務局(東京都新宿区) JR信濃町徒歩1分

◆参加費/一般1,000円 会員500円
※会場などの詳細は、HPをご覧ください。
http://www.seitosi.org/

ピンク

2012年

8月

05日

最期の晩餐

もう10年以上も前の話になりますが、
テレビ朝日系列で放送されていた『ニュースステーション』という番組に
『最後の晩餐』というコーナーがありました。


キャスターの久米宏さんと著名人との対談です。

「明日あなたが死ぬとわかったら、
   最後の晩餐は
   誰と、どこで、何を食べたいですか」。


私たち家族はこのコーナーが好きで
番組を観ながら、好き勝手に話したものでした。

当時の私たちにとって「死」はあまりに遠く現実味などまるでなく、
ただ好きな食べ物について語っていたに過ぎませんが。


確か母は、「お寿司」と言ったように記憶しています。
お寿司が大好きで、寿司職人と結婚したような人でした。


「じゃあ、何のネタにする?」などと、
結局は話が「最後の晩餐」からそれてしまいましたが
あの時居間で話した私たちは、確かに幸福でした。

まさか数年後に亡くなるだなんて、母自身、夢にも思わなかったのでしょう。

母の「最期の晩餐」は氷でした。
晩餐という言葉には似つかわしくない時間帯、朝の食事でした。

食事と呼ぶにもおこがましいかもしれません。
それはとても粗末なものでした。

介助をしていた私と母が、言葉を交わした最後の場面でもあります。

 

がんが進行し、
様々な薬の副作用に耐えられなくなったのでしょうか。

最期の夏、母はせん妄状態になりました。
幻覚が見え幻聴が聴こえ、私たち家族や看護師さんたちを困らせました。
やがて脳梗塞になり、目が見えなくなりました。
体も動かなくなりました。
簡単な意思表示はするものの、「言葉」を発することはなくなりました。

「あー」「うー」などの単語や
精一杯体を動かして、それでもほんの少しのジェスチャーでの、わずかな意思表示。
耳は聴こえていたようで、何とかコミュニケーションを取ることができました。


死期が近いことを覚悟して
私は母の病室に泊まり込むようになりました。

私の職場と病院は幸いにも近く、お昼休憩も顔を出せます。

仕事が終わると病室へ行き、夜は隣の簡易ベッドで眠り
朝になると自宅へ一度戻り、シャワーと着替えを済ませ、また病院へ。
出勤時間ギリギリまで母の顔を見に行きました。
脳梗塞が原因で飲み込む力のなくなった母は、飲食は難しく
点滴からの栄養で命を繋いでいました。

それでも喉は渇くのでしょう。
病院側から許されたのは氷でした。

小指の爪ほどの大きさに砕いた氷を、2~3粒ごとスプーンで口に含んでやります。
喉の渇きが解消されるのか、うつろな目で「おかわり」をねだりました。
口を開いて次のスプーンを待つのです。

母にとって、氷は唯一自分の口から摂取できるものとなり
また私と母とを繋ぐ、大切なコミュニケーションとなっていきました。


その日は8月、とても暑い日でした。


朝、自宅でシャワーと着替えを済ませた私は、
出勤までの僅かな時間を、いつものように母の顔を見に病室へ寄りました。

自分ではスプーンを握ることのできない母に代わり
今朝も氷を口に含ませます。


普段なら5~6回で満足し、「おかわり」をしなくなるはずなのに
その日は10回を越えても、まだ口を開き続けます。


だんだんと出勤時間が迫って、私は焦りました。
母の要望に答えたい気持ちと
私の状況を理解し配慮してくれている職場に、
遅刻してこれ以上迷惑を掛けられない気持ちとで、苦悩していました。


始業時間10分前、5分前…。
職場までは走れば3分の距離とはいえ
さすがにもう病室を出なければ間に合いません。

「お母さん、これでもう最後だからね?もう遅刻しちゃうから行かないと」。
そう言っても、「おかわり」は止みません。


2回ほど繰り返して、とうとう3分前。
もう行かなきゃ…。

「本っ当に、これで最後だから!もう遅刻しちゃうから!」。
それでも「おかわり」は止みませんでした。


「ごめん!!本当にもう無理!!!また昼に来るから、行くからね!じゃあね、バイバイ!!!」。
顔も見ずに、まるで言い捨てるように叫び、速足で病室を後にしました。


母が完全に意識を閉じてしまい、
寝たきりになったのは、それから数時間後のことです。


私が昼休みに病室を訪れた時には、
目も開けず声も発することなく、ましてや口を開けて「おかわり」などしないのでした。


喉が乾いていたんだろう、と思います。
なのに、私に叱られて氷も与えられず
母の絶望はいかほどだったでしょうか。


意識レベルがゼロになった母に
「お母さん、ひどい言い方してごめんね」と謝っても
ピクリとも動かず、ただ眠り続けるだけでした。


自分の親が弱っていく様、
まるで幼児のようになっていく様を傍で見るのは
娘の私には正直しんどかったです。
その気持ちが、母との最後の会話に八つ当たりとして表れたのかもしれません。


今日みたいに暑い日は
母の最期の晩餐を思い出します。


自分が、喉がカラカラに乾いて水分を口に含む時、
「自分だけ、喉を潤すんだ…」という罪悪感に囚われます。

それは6年経った今でも、拭うことなどできず
今も私の心は渇いたままです。

(オレンジ)

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「分かち合いの会」のお知らせ

◆8月10日(金) 14時~17時
 *第2金曜日の集まりは、主にお子さんを亡くされた方の集まりです。

◆8月18日(土) 17時~19時30分
 *第3土曜日の集まりは、大切な人を亡くされた若い世代(主に20代30代)の方の集まりです。

◆8月21日(火) 18時30分~20時30分
 *第3火曜日の集まりは、様々な体験の方の集まりです。

◆8月25日(土) 14時~17時
 *第4土曜日の集まりは、様々な体験の方の集まりです。

◆9月1日(土) 14時~17時
 *第1土曜日の集まりは、大切な人を自死により亡くされた方の集まりです。
 
◆会場/NPO法人生と死を考える会 事務局(東京都新宿区) JR信濃町徒歩1分
◆参加費/一般1,000円 会員500円

※会場などの詳細は、HPをご覧ください。
http://www.seitosi.org/

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2012年

7月

29日

玉祭の句から

毎年、この夏の盛りの頃になると、亡くなった人たちのことが思い出されます。

帰省シーズンやお盆休みや原爆忌などが重なっているからでしょうか。

松尾芭蕉に「数ならぬ身とな思ひそ玉祭」という句があります。

元禄七年七月十五日伊賀上野での松尾家の盂蘭盆(玉祭)のおり、寿貞という女性に捧げた句と言われています。

彼女は、芭蕉の幼馴染とも、一時は妾であったとも、諸説紛々ですが、いずれにしても縁浅からぬ女性であった寿貞が4か月前に亡くなったことを悼んでの句です。

「このお盆にあたってわたしはあなたのことを思っています。どうか、ご自分のことをつまらない身だと思わないでください」。

この句の中で「身」と「玉(魂)」という二つの語が、人間のかけがえのない「いのち」を表現していることが素敵なことだと感じます。

また「魂」のことを「玉」と言い表わして、何か、人間のいのちが、「掌中の玉」のように、この上ない宝なのだという素朴な信仰がそこにあって、わたしは感銘を受けます。

ついでながら、芭蕉はこの年の十月十二日に旅先の大阪で亡くなりました。(たばた)

2012年

7月

22日

バーベキュー

梅雨明けと共に暑い日が続き、九州のほうでの水の災害大変でした。

 

心からのお見舞い申しあげます。

 

梅雨明け前の暑い日がうそのように、涼しい日が続きそろそろ夏本番がやってくるようですね。

 

夏に先駆けてバーベキューをいたしました。

バーベキュー

お分かりですか?金串に刺さずにローズマリーの枝に刺しました。
 
すばらしいアイディア!
 
お野菜は大田区の下丸子産の有機野菜、じゃが芋は蒸してあります。

バーベキュー

バジルソースが美味しくて、きれいで、良かったです。
 
スーパーで売っているバジル3パック(洗わないで葉のみ使用)パセリ1束(洗って葉のみ)
 
オリーブオイル(1瓶ー300cc~500cc)塩ふたつまみ、全部をミキサーにかける。
 
お試しください。
 
枝を使ったことから、ローズマリー石鹸、ローズマリーティーなどの話題が多く出ました。
 
ローズマリーの花言葉は「おもいで」「かわらぬ愛」だそうです。
 
薬草としての歴史も古く、血液の循環をよくする働きや利尿効果、鎮静効果、強壮効果など期待できると
 
されているようです。
 
枝数本を洗って、布袋に入れ、浴槽に入れて楽しんだりしています。
 
さわやかな香りです。
 
                         朱鷺色

2012年

7月

12日

あれから

「人は一人でいると悪い事しか考えないかもしれないけれど、やっぱり周りに人がいっぱいいれば、感謝の気持ちも生まれるし、考え方も前向きに、心もすすんでいく。」


と誰かが、テレビで言っていたのを
死別まもなかった当時の私は、必死に書き留めたのを思い出しました。


当時は、自分の死別の辛さや悲しさを友人、知人にも言えませんでした。


話したところで、大切な人との死別を経験した事のない人には、分かってはもらえない、というあきらめの気持ちと、本当は分かって欲しい、というジレンマで、心の中はズタズタ、ボロボロでした。


慰めの言葉にかえって傷ついて、人間関係がギクシャクする事もしばしば。


そんな私が、藁をも掴む思いで、辿り着いたのが、ここの「分かち合いの会」でした。


大切な人を喪って、悲しいのは、自分一人ではないのだという安心感。


この安心して話せる場所、という事が何よりもありがたかった。


あれから時は過ぎて、抱えきれない荷物を降ろせる場所を知ったおかげで、抱えきれない荷物も、抱えられるようにかたちを変え、今ではあれだけ重たく苦しかった心が、少しだけ軽くなった事に感謝です。


(赤)

2012年

7月

05日

銭湯の記憶

最近、趣味のフラダンス教室の帰りに仲間で銭湯に入りに行くようになりました。

銭湯は、私にとって懐かしい場所です。幼い時の実家は内風呂がなく、家族みんなで銭湯に通うのが日課でした。

 

亡き父は、よくイタズラが好きで、銭湯から出てくる私を隅で隠れて待ち伏せし、
変質者並みに!驚かせてみせたり。ある時期は、私の枕元に寝入ってからぬいぐるみを置き続け、心霊現象を知らんぷりで装ってみたり。お茶目というかなんというか、おかしな人でした。

 

銭湯は家族の象徴だったことを、突然、思い出し、すごく切なくて懐かしくて悲しくて嬉しくて、走馬灯のように記憶が蘇りました。そして、その後の記憶も。

 

守ってもらいたい、経済的にも、精神的にも、親に庇護されている同年代を馬鹿にすることで、孤独であることを隠そうとしていたのかもしれません。大人には絶対わかるわけないと、実は裏腹に愛情に心底飢えていました。今でも、大人になんかわかるか! って思ってますけど。

 

私は、突然に父を亡くし10年以上そのことを他人に話すことが全く出来ずに育ちました。思い出したくても、もう、思い出せないように、前しか見ないように記憶を圧し殺し、生きてきてしまったのです。亡き父の面影や話し方をリアルに思い出せるのは、こういった今回の銭湯のような無意識の起爆剤です。それはまるで、隠された地雷のようでもあり、隠されたお宝のようでもあるのです。

 

でも、運動後の銭湯はこの上なく気持ち良くてはまり過ぎです。
当面辞められそうにありません。。

ピンク

 

 

「分かち合いの会」のお知らせ

 

◆7月7日(土) 14時~17時
 *第1土曜日の集まりは、大切な人を自死により亡くされた方の集まりです。

 

◆7月13日(金) 14時~17時
 *第2金曜日の集まりは、主にお子さんを亡くされた方の集まりです。

 

◆7月17日(火) 18時30分~20時30分
*第3火曜日の集まりは、様々な体験の方の集まりです。

 

◆7月21日(土) 17時~19時30分
 *第3土曜日の集まりは、大切な人を亡くされた若い世代(主に20代30代)の方の集まりです。

 

◆7月28日(土) 14時~17時
 *第4土曜日の集まりは、様々な体験の方の集まりです。

 

◆会場/NPO法人生と死を考える会 事務局(東京都新宿区) JR信濃町徒歩1分
◆参加費/一般1,000円 会員500円

※会場などの詳細は、HPをご覧ください。

http://www.seitosi.org/

2012年

7月

01日

空間、時間

「我々は別々の道を歩く訳ではない。
  ただ同じ道を先に行くか、後を行くか、それだけのことだと考えればいい。

 

(中略)

 

  人は生き、必ず死ぬ。
  私が少々せっかちで、少しばかり早く歩き過ぎただけだ。
  君は後からゆっくり来てくれればいい」。

 

 

処刑の決まった主人公が、遺される女性へ口にするこの台詞は
私が大好きな小説のものです


死別を、空間軸ではなく時間軸で捉えたとしたら
私ももうすぐ、せっかちなあの人に逢えるのでしょうか。


私はずいぶんと薄情で鈍感にできているようで
慌ただしい日常では、もう涙が出ることもなくなってきました。


忘れた訳ではない。
忘れられる訳などないのに。


大切な人が存在しない毎日はそれなりに忙しく、
死別から立ち直っていく私は、だんだんと亡き人を想わなくなっていきます。

 

私も大概せっかちですから
後からゆっくり…などという生き方はできそうにありません。


けれど、亡き人を偲ぶ間もなく生き急いで何になるのでしょう。


死別の苦しみから抜け出そうとする自分を時に呪いたくなるほど
「立ち直る」ことの難しさを痛感する日々です。


(オレンジ)

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「分かち合いの会」のお知らせ

◆7月7日(土) 14時~17時
 *第1土曜日の集まりは、大切な人を自死により亡くされた方の集まりです。


◆7月13日(金) 14時~17時
 *第2金曜日の集まりは、主にお子さんを亡くされた方の集まりです。

◆7月17日(火) 18時30分~20時30分

 *第3火曜日の集まりは、様々な体験の方の集まりです。


◆7月21日(土) 17時~19時30分
 *第3土曜日の集まりは、大切な人を亡くされた若い世代(主に20代30代)の方の集まりです。

◆7月28日(土) 14時~17時
 *第4土曜日の集まりは、様々な体験の方の集まりです。

◆会場/NPO法人生と死を考える会 事務局(東京都新宿区) JR信濃町徒歩1分
◆参加費/一般1,000円 会員500円

※会場などの詳細は、HPをご覧ください。
http://www.seitosi.org/

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2012年

6月

24日

いのちの授業

梅雨に雨が降るのは当たり前ですが、最近では激しい雨が多いように思います。

あちこちでの豪雨の災害が伝えらて、心配をするだけでは申し訳ない気持ちです。

杉並区立松渓中学校  道徳授業地区公開講座

「かけがえのない生命の尊さを学ぶ」

-大切な人の生と死からー

と言うことを「死を考える会」に講演の依頼がありました。

子を亡くした親、親を亡くした子、二人の話を受けて理事長。

3人がそれぞれの立場の話をしました。

全校生徒の真摯に聴いてくださることに感謝!

せっかくのこのような機会に、心に届く話であったでしょうかと不安な気持ちがありました。

3人の話が終わってから、生徒会長さんのお礼の言葉の中で

「一日一日を、後悔しないように生きることはできると思う」と言って頂いたのです。

聞き終わって、まとめる時間があったわけでもなく、話を聞きながら考えて、

それをきちんと表現できると言うことに感嘆しました。

哲学の芽は14歳ぐらいからとの理事長の話とピッタリ!

政界や原発へのあり方に戸惑うことばかりのいま、このような中学生の存在は

明るい光明のように思いました。

                       朱鷺色

2012年

6月

12日

ペット(家族)の死が教えてくれたこと

関東も梅雨入りをして不安定な天気が続きますね・・。
みなさんはいかがお過ごしでしょうか?緑レンジャーは、風邪を引いてしまいました。

僕は以前、「ペット(家族)とのお別れ」という記事を書きました。

当然、僕も大切な人を亡くしていますが、その記事では、人だけではなく、ペットも人間と同じように大事な家族であるということを書きました。

僕は、「プレーリードック(リスを大きくしたような動物)」を飼っていました。

このプレーリードックは、今は輸入禁止となっていて、プレーリードックがいるペットショップはかなり珍しいです。
だから、自分がペットショップに行く時はいつも、「プレーリードックがいるわけないか・・・」と思いながらも、無意識に探してしまったり。
 
そして、昨年の4月に今住んでいる所に引っ越したのですが、家の近くにペットショップがありました。
例のごとくふと立ち寄ったところ、まさに「プレーリードック」がいました!!
そこは大きいお店ではないので完全にノーマークでした。
 
それから、元気がほしいなと思った時に「プレーリードックくん」を見に行き、短時間ですが、何度か抱っこさせてもらいました。

抱っこさせてもらってその温もりを感じる度に、僕が飼っていた子を抱っこした時の温もりを感じ、その子との記憶が一気に戻ります。

そして近所のペットショップを出る時は、元気をもらうと同時に、僕が以前に飼っていた子が今はいないことを無性に感じ、どこか寂しさを感じてしまうのも事実です・・・。

普通に考えたら、ペットの方が先に亡くなるかと思います。
そして、以前は「何でペットとして飼う動物はもっと長生きしないんだろう」と思ったことがあります。

でも、今は逆にペットの寿命が数年であることが自然なのかなとも思ったりします。

もし飼い主の方が先に亡くなったら、遺された子達はその後どうやって生きていくというのだろうか・・・。
そう考えると、やはり人間には、最期までその子を看取る責任があるのではないかと思うのです。

僕はまた「プレーリードック」を飼うかもしれません。でもそれは、以前、飼っていた子の姿を重ねて飼うのではありません。

今度もし家族になる「プレーリードックくん」がいたとしたなら、その子は以前飼っていた子とは違う、この世でたった1人の子です。

だからこそ「この子もまた自分より先に亡くなるんだろう」と思うのではなく、

限られた一緒にいれる一度きりの時間を悔いのないよう・・・そして楽しい思い出をたくさん作りたいと思います

(緑)

2012年

5月

31日

亡くなってからもできること

大切な人と死に別れて
「もうその人のためにできることは、何もないのだ……」
そう思っていました。


平均寿命よりもうんと若くして逝ったその人との時間が
まさかこんなにも短いものだったとは。

甘い甘い私には、到底思い及ばなかったのです。


もっと一緒に過ごしたかった。
教えてもらいたいこともまだまだたくさんあった。
相談にだって乗ってもらいたかった。
買い物だって旅行だってしたかった。

何より、話を、気持ちを丁寧に聴いてあげれば良かった。
逃げずにきちんと向き合えば良かった。


亡くなってしばらくは
「もう私には何もできない…」
本当にそう思っていました。


でも亡くなって半年ほどして、考えが変わりました。
きっかけは一つの箸置きです。


我が家の宗派では、お仏壇にご飯をお供えします。
本来ならご飯だけでお箸は必要ないようですが
「お箸がないと食べられないから」という理由で
お仏壇にはずっとお箸と箸置きが置いてあります。


当初は家にあった箸置きを使っていましたが
たまには変化を付けようと思い
亡くなって半年も過ぎる頃に、雑貨屋さんで箸置きを買い求めました。


かわいい傘の形。
色は、亡くなった人が大好きだった黄色。
値段は105円でした。


久し振りにいい買い物ができた気がして、少し嬉しかったです。
お仏壇に並べて、ほうっと気持ちが落ち着いたことを覚えています。


以来、かわいい箸置きを見掛けると買い求めるようになりました。

今は500円ほどで、色々な箸置きがたくさん売っています。
「あ、これなら喜びそう」と、本人の反応を思い浮かべながら選びます。


お仏壇のご飯やお茶を替えたり、お花を供えたり
そういった決まりきった行為ではない
本来なら置く必要のない箸置きだからこそ
「大切な人のために選んで買ったんだ」と実感し
気持ちを落ち着けることができたように思います。


箸置きが一つ二つと増えていく度に
私の中で「できること」も増えていきました。


亡くなった人が好きだったテレビ番組は
放映時間にチャンネルを合わせ、テレビをお仏壇に向けます。

好きだった歌手のCDが発売になれば購入し
お仏壇に向かって再生します。

好きだった作家の新刊が出れば買い求め
一晩お供えした後は、自分でも読んでみます。


すべては自己満足に過ぎないのでしょうが
自分を責めてばかりいた頃に比べると
ずいぶんと気持ちは楽になりました。


箸置きを集め始め、5年が経ちました。
種類もずいぶんと増え、今では日替わりで交換しています。

私はこれからもずっと
決まったテレビ番組にチャンネルを合わせるのでしょう。
好きだった歌手のCDを聴き続け
決まった作家の本は読み続けるのでしょう。


亡くなった人のために、亡くなった人の代わりに行うそれらの行為と
その人のために買い求める箸置きだけが
自分の気持ちを伝える術のような気がして
私は今日も、箸置きを並べ替えるのです。


(オレンジ)

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「分かち合いの会」のお知らせ

◆6月2日(土) 14時~17時
 *第1土曜日の集まりは、自死遺族の方の集まりです。 

 

◆6月8日(金) 14時~17時
 *第2金曜日の集まりは、主に子どもを亡くした方の集まりです。

  

◆6月16日(土) 17時~19時30分
 *第3土曜日の集まりは、若い世代(主に20代30代)の方の集まりです。 

 

◆6月19日(火) 18時30分~20時30分

 *第3火曜日の集まりは、さまざまな体験の方の集まりです。 

 

◆6月23日(土) 14時~17時
 *第4土曜日の集まりは、さまざまな体験の方の集まりです。

 

◆会場/NPO法人生と死を考える会 事務局(東京都新宿区) JR信濃町徒歩1分
◆参加費/一般1,000円 会員500円

※会場などの詳細は、HPをご覧ください。
http://www.seitosi.org/

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2012年

5月

28日

運動会

近くの小学校の運動会に行ってきました。

1年生から6年生まで全員揃った光景を目にするのも久しぶりだったのでみょうに感激しました。

1年生はまだ幼子の雰囲気が残っていて可愛らしい!

6年生は体つきも大人びて、進行や準備等てきぱきとした仕事ぶりに、これまた感激。

6年生の種目には騎馬戦がありましたが、女子の騎馬戦もあったのです。

女子の騎馬戦はそれは堂々としていました。

男子の騎馬戦は楽しそうでした。

私は駆けっこが遅くて徒競走が大っきらいでした。

いつもびりばっかり、運動会は苦手な行事でいい思い出はなかったのです。

ところが親になって我が子の運動会では、速いとか遅いとかの問題ではなく

一生懸命駆けている姿に涙がジーンとにじんできました。

あの赤ちゃんだった子が・・・・・・と。

いろいろな想いが湧き上がってきて、健康に感謝、よくここまで育ってくれたことに感謝。

たちっぱなしの一日、疲れることなく楽しかったです。

                       朱鷺色

2012年

5月

17日

いのちの水

水といえば(笑)、心の中にもなにか命の水ってものがあるような気がしています。
そしてその水は一日のうちでも季節によっても、人生の様々な出来事によっても
増えたり減ったり変化しているんじゃないかなぁと。

命の水が少なくなってくると、心がなえてきちゃうんだけど、頭はなかなか
それに気づいてくれなかったり、見て見ぬふりをして。
「もっと強いハズ、私は。」なんて自分の心を叱咤激励しちゃいがちで。

亡くなった母がやっぱりそうだったし、私もそういう傾向があります。

ほんとにつらいときって悲しすぎて涙すら出てこない。
あるいは止まらない涙に、どこまで泣けるのか自分で驚いてしまう。
心の水、命の水をたくさん使います。

命の水を注いでくれるものや場所は、人それぞれいろいろあるかと思います。
分かち合いはそのなかの一つなんじゃないかなと私は思います。
心の水が足りてないかな、命の水注ごうかなって感じられた方、
よかったらお越しください。(青)

ちなみに、19日(土)には若い世代の分かち合いがあります。
17時~19時半、信濃町の真正会館です。不安な方は
一番最初のブログに行き方が写真つきで書いてありますのでドウゾ。

2012年

5月

15日

母の日に。

デパートで、母に似合いそうなセーターを偶然見つけた。


思わず、セーターの前で足を止めたら、店員さんが、


「母の日のプレゼントですか?」と話しかけてきたので、


「そうです。母に似合いそうだと思ったので」と答えてしまった私。


もう、どんなに心の底から願っても、着てはもらえないのに。


本当にプレゼントを贈れたら、どんなに幸せなことかと心の中で、つぶやいた。


今さらながら、あれもしたかった、これもしてあげたかった、と思いばかりが募ってしまうけれど、


「今なら、もっと優しくできるのに、ごめんね」と「ありがとう」の言葉を語りかけながら、


いつものように手を合わせると、お線香の煙がやけに目にしみて、


いつもと変わらぬ笑顔の母の写真が、にじんで見えた。



(赤)


「若い世代の分かち合いの会」のお知らせ


◆5月19日(土)
17時~19時30分
*第3土曜日の集まりは、若い世代(20代30代)の方の集まりです。


◆会場/NPO法人生と死を考える会事務局(東京都新宿区)
JR信濃町徒歩1分
◆参加費/一般1,000円 会員500円
*会場などの詳細は、HPをご覧ください。

2012年

5月

07日

水、あれこれ

名瀑・桜滝

「わ~すご~い!!!」
思わず滝壺の前まで濡れながら岩の間を行き、マイナスイオンをたっぷり吸い込みました。
想像以上に大きくて、高さのある滝を朝から独り占め。
水しぶきによる苔の岩肌が、生命力を物語るように、私は大の字になって、そのパワーを浴びてきました。

 

 

連休は毎年恒例の、大分の祖母の所へ行きました。
今年は足を伸ばし、日田の天ヶ瀬温泉へ。日田は御存知の通り、天領水で有名な水郷です。

祖母宅は国東半島の漁港のすぐ前で、伊予灘が広がります。
陸に育った(この祖母は夫方の祖母)私は、海がなかなか珍しい。
海原は時に穏やかで壮大で、夜なんかは波が、永遠の闇のようで怖さを感じます。


水はパワーにもなり、生命力にもなり、驚異にもなり、死をももたらす。
津波の被害に遭われた方は、それが苦しいほど感じられてるのではないかと思います。トイレを流す水でさえ怖いと言っていた被災者がいたことを思い出しました。

本来は人の生き死にも人生も、
水の如く、なのでしょうか。

 




ピンク

2012年

5月

01日

さくら湯

桜の花の季節は終わり目にあざやかな葉桜になりました。

 

さくらの花の色を美しさの象徴のように「きれい!」と言われる人が多い中

 

子どものころから、あの少しグレーがかったピンクは「哀しみの色」のように思っていました。

 

娘が亡くなってしばらく見上げて花を見るということが出来ないでいて、散り敷かれた花びらを見ながら

 

「哀しみの色」なんて思ったから・・・・・・・娘の死の何もかもを自分のせいではと責めていました。



今では結婚式の時にしか頂かないようですが、お茶碗の中でゆらゆらとゆれる花のようすと、

 

香りと、しょっぱさが子ども頃から大好きでした。

 

自分でも漬けてみようかなととおもって、此処何年か桜の塩漬けを作っています。

この桜から作りました。
 
5月12日(土)に定時総会があります。
 
そのあと記念コンサートがあり終了後の交流会でこのさくら湯をお楽しみいただけます。



記念コンサートのお知らせ
 
アンサンブルアンジェリカによるライアーの演奏と交流のひととき。
 
ライアーの音色でゆったりとした時間を過しませんか。ぜひ、ご参加ください。

日時:2012年5月12日(土)14:30-16:00(受付14:00-)
 
会場:真生会館1階第1会議室
 
参加費:会員/学生 1,000円、一般 1,500円
 
☆演奏会後、アンジェリカの皆様を囲んで交流会を持ちます。

16:00~18:00   (参加費1,000円)

                  朱鷺色






2012年

4月

25日

樹木葬

弟は岩手県一ノ関の樹木葬墓地に葬られており、先日法事に行ってきました。

1999年にここで始められた樹木葬は、樹木や草本類が大地、空気、水、日照によって生かされた
れてきたことに気づき、里山の保全を主旨としています。
 
里山の樹木葬墓地には大木はないので、悠久の時間を感じさせる道具立てはない代わりに、
季節の循環を感じさせ、(春には春蘭、カタクリ、しょうじようばかま)と移りゆく時間を意識させ、
この墓地は死後のためだけでなく、生きる意味を感じさせる役割も果たしているようです。
 
弟が葬られたところから30センチも離れていないところに、母が大好きであった春蘭が咲いていました。
弟と母がまるで近くにいるようでうれしかったです。

他にもカタクリ、みずばしょう、などが咲いていました。
珍しい白いしょうじょうばかまです。

久しぶりに会った甥や姪を通して、きょうだいの面影を探していました。
兄や弟と似ている仕草や物言いに、なつかしさで胸がいっぱいになりました。
 
法事は何ごとにも優先して、断ってはいけない、と言われていることの意味がよくわかったように思います。
 
久しぶりの親族との集いは、亡き弟の計らいとうれしかったです。
 
                            朱鷺色

2012年

4月

19日

道がある

春がやってきました。母はリタリンという薬の中毒になったことが自死への引き金になったのですが、母にとっての最期の春はその薬がとてもよく効いて、絶好調だった時期。

ベランダに色とりどりの花を植えて自慢気に見せてくれたのを思い出します。

 

亡くなった大切な人にも私たち遺族にも、筆舌に尽くしがたいつらかった時期もあれば、生きる喜びに満ちていた時期もある。

それは季節のようでもあり天気のようでもあります。

 

つらいときは道行く人の笑顔に嫉妬している自分がいるかもしれません。

そんな自分も許したいと思います。

できるだけ人は呪いたくないですけれど。苦笑。

 

でもよくよく考えてみたら、自分も他の人からみたら幸せそうに見えるかも?(笑)

「人にはそれぞれに道がある。」

そんなことばを心に響かせながら、でも一人ではしょい切れない荷物を下ろして、

「しんどいね」「よくがんばってるよなぁ」「一人じゃないね」といえる場所が分かち合いだと思います。

 

ゴールデンウィーク中でも開催されます。よかったらどうぞ。(青)

 

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「分かち合いの会」のお知らせ

 

◆4月21日(土) 17時~19時30分
 *第3土曜日の集まりは、若い世代(20代30代)の方の集まりです。

  祝日でも開催します。

 

 

◆4月28日(土) 14時~17時
 *第4土曜日の集まりは、さまざまな体験の方の集まりです。

 

 

◆5月5日(土) 14時~17時
 *第1土曜日の集まりは、自死遺族の方の集まりです。

  祝日でも開催します。

 

 

◆5月11日(火) 14時~17時
 *第2金曜日の集まりは、主に子どもを亡くした方の集まりです。

  祝日でも開催します。



◆5月15日(火) 18時30分~20時30分
 *第3火曜日の集まりは、さまざまな体験の方の集まりです。

  祝日でも開催します。

 

◆会場/NPO法人生と死を考える会 事務局(東京都新宿区) JR信濃町徒歩1分
◆参加費/一般1,000円 会員500円
※会場などの詳細は、HPをご覧ください。
http://www.seitosi.org

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2012年

4月

05日

桜待つ季節

3月25日は父の命日でした。


毎年、あの日のように3月の雪が降らないか心配をしました。

 

今年は寒かったから余計にそうでした。

 


そして、

 

なぜか毎年、仕事で担当している患者さんが、この時期に死期が重なることが多く、

 

今年も嫌な予感がしていました。そのような方を数名この春も担当していました。

 

結局、これは1日違いで発生し、やっぱりというかんじでした。



私は、死期に向かう父を知りません。

 

むしろ知りたかった。

 

惜しむ時間や、別れをきちんと告げたかった。

 

それがどういう内容の死であっても、

 

ちゃんと大好きだったと伝えたかった。



突然起きた死への出来事は、その後10年以上、

 

私の心や、家族の関係性を、凍らせました。

 

今は、一度解凍したものを、再度、出してみたり、ひっこめてみたり、

 

もう十分、という気持ちだったり、

 

もう十分取り組んできたという気持ちだったり。



分かち合いの会に参加して、言葉に出して、

 

この出したりひっこめたりする作業が、時間が経過した分、

 

その分、正直、しんどかった。

 

でも自分はしんどくても、

 

その日来てくれる参加者のお話は、

 

自分のことのように心から思えて、

 

本当に悲しく、そして、なぜか、ここまで生き抜いてきた同志のように誇らしかった。

 

それは今でも変わりません。



桜が咲き始めました。

 

心が躍る新年度の中、

 

一瞬に咲き誇る桜を1年間も私たちは待ち望んでいます。

 

悲しいけれど、

 

この季節が私は一番好き。

 

だって、私の誕生日は4月3日。

 

父と母から生まれたのもこの春だからです。

 

pink

(桜の幹からがんばってるつぼみです)

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「分かち合いの会」のお知らせ

◆4月7日(土) 14時~17時
 *第1土曜日の集まりは、自死遺族の方の集まりです。

  祝日でも開催します。



◆4月13日(火) 14時~17時
 *第2金曜日の集まりは、主に子どもを亡くした方の集まりです。

  祝日でも開催します。



◆4月17日(火) 18時30分~20時30分
 *第3火曜日の集まりは、さまざまな体験の方の集まりです。

  祝日でも開催します。



◆4月21日(土) 17時~19時30分
 *第3土曜日の集まりは、若い世代(20代30代)の方の集まりです。

  祝日でも開催します。

 


◆3月24日(土) 14時~17時
 *第4土曜日の集まりは、さまざまな体験の方の集まりです。

 

 

◆会場/NPO法人生と死を考える会 事務局(東京都新宿区) JR信濃町徒歩1分
◆参加費/一般1,000円 会員500円
※会場などの詳細は、HPをご覧ください。
http://www.seitosi.org

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2012年

3月

27日

暖かい沈黙

「災害ハネムーン」という言葉があることを最近知りました。
災害をきっかけに結婚が増える、ということではありません。
そういう現象もあるにはあるようですが。

そうではなく、災害が起きると、被災者も支援者も、何となく一種の高揚した心理状態になることのようです。
未曾有の喪失に伴う悲しみよりも、目の前のあまりの変化に精神状態がパニックを起こし、正常さを失い、我も彼もないようなありさま。

こうしたハネムーンの一定期間が過ぎて、失われたものの大きさに改めて深い悲しみと絶望を覚える。
そうした状況に置かれている人々が今多いのではないかと想像します。


先日、第二次世界戦争のさなかに亡くなったユダヤ系フランス人女性哲学者シモーヌ・ヴェイユの言葉に出会いました。

「人 間にあって、人格とは、寒さにふるえ、隠れ家と暖を追い求める、苦悩するある〈もの〉なのである。・・・工場内では、人間はひとりひとりたえず悩まされ、 自分たちと無縁の意志の介入によって身を刺されるようなつらい思いを経験すると同時に、たましいは寒さにさらされ、苦悩し、だれからも見捨てられた状態の 中にあるのである。人間にはあたたかい沈黙が必要なのに、つめたい喧噪があたえられている。」

(シモーヌ・ヴェイユ著、田辺保・杉山毅訳、ロンドン論集とさいごの手紙、勁草書房、1987(新装版)16,17頁)


シモーヌ・ヴェイユは、このとき(晩年)はイギリスに亡命していたのですが、以前はフランス国内で自動車工場の女工をやったことがあるのです。
だから、奴隷のように機械的な労働に使役される人間のつらさを覚えているのでしょう。


現在の日本でも、心身の孤独や見捨てられ感をおぼえているひとはたくさんいるでしょう。
孤独(死)、孤縁(死)、絶望・・・。私たちに何ほどのこともできないのですが、そういう人の前では、「つめたい喧噪」ではなく、「あたたかい沈黙が必要なの」だと、ヴェイユは教えています。

2012年3月27日 NPO法人 生と死を考える会 理事長 田畑邦治

2012年

3月

20日

生きることを諦めない

大切な人を喪ってから五年経ち、
私はようやく「生き延びよう」と決意できたように思います。


どんなに格好悪くたって、
這いずり回って「生き抜こう」「生きたい」と、強く考えるようになりました。


胸がズタズタにえぐれるような後悔、
「もしあの時…」「…だとしたら」という、有り得ない祈りは
今も決して消えることはありません。
自分を責める気持ちは、この先も消えそうにありません。
誰が赦そうが、決して自分が赦さないのだろう、そう断言できます。


忘れる強さを持たない私は、
おそらくこのドロドロの想いを抱えたまま、一生涯過ごすのでしょう。

古傷のかさぶたを掻きむしりながら、やり過ごして生きていくのでしょう。


けれど、どんなにみっともなくても、「生きたい」と願えるようになりました。


大切な人の「死」ばかりを考えていた私が
自分自身の「生」を信じられるようになりました。


ここまでの時間は決して短くはありませんでしたが
あんなに息苦しかった呼吸が、少しずつ楽になっています。

大切な人との「死」をきっかけに

すっかり投げ出していた自分自身の「生」が、ゆっくりと近付いてきたようです。

 


生きることを諦めたくはない。今は強く、そう思います。

 

 

(オレンジ)

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「分かち合いの会」のお知らせ

◆3月20日(火) 18時30分~20時30分
 *第3火曜日の集まりは、さまざまな体験の方の集まりです。

  祝日でも開催します。


◆3月24日(土) 14時~17時
 *第4土曜日の集まりは、さまざまな体験の方の集まりです。

 

◆会場/NPO法人生と死を考える会 事務局(東京都新宿区)
◆参加費/一般1,000円 会員500円
※会場などの詳細は、HPをご覧ください。
http://www.seitosi.org/

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2012年

3月

14日

出逢い

今年の3月11日のその時を、

私は、ブログメンバーでもある分かち合いスタッフと過ごしました。
これからの「分かち合いの会」のことを、仲間とたくさんたくさん話し合いました。

 

大切な人を喪って、

「こんな感情が、この世に存在するんだ…」と、愕然としたことを覚えています。

全身から沸き起こる絶望と空虚感、やるせ無さと自責。
「あの時……していれば」という、後悔。

眠れないこと、食べられないこと、泣けないこと。
何をするのも億劫で、体はフラフラで、
友人知人が慰めてくれても、かえって傷付いてしまったり。
近しい存在の人とは、お互いを責め合うことしかできなかったり。


何よりも辛かったのは、事実でした。
亡くなった人とは、もう二度と会えない。
会話をすることも、触れることもできない。
その当たり前の理を、到底受け入れることなどできませんでした。

 

 

大切な人との死別を経験して、私はとにかくボロボロでした。
自分のことなんか、どうでもいい…。
本当に、何もかもがどうでもよかったんです。

 

 

死別当時、私の周りには
大切な人と死に別れた経験のある人も少なく
誰にも本音を言えないまま、弱音を吐けないまま
四年近くを過ごしました。

 

そして現在、

私が「分かち合いの会」に参加するようになって、一年半が経ちます。
これまでにたくさんの方と出逢いました。


「大切な人と死に別れた」
共通点はただそれだけなのに
私には、「分かち合いの会」での出逢いが救いでした。

相手の話を聴いて、自分の話を聴いてもらって
お互い響き合って、分かち合って、
それだけで私はとても救われました。

 


たった一度しかお逢いしていない方でも、
忘れることなどできません。

「どうしているかなぁ…」と、気に掛かることもあります。


「分かち合いの会」への参加者が増えることは
それだけ死別の悲しみに苦しんでいる人がいるということ。
本来は、喜ぶべきではないのかもしれません。



それでも私は、「出逢い」を願わずにいられません。
参加者皆で、想いを分かち合えた経験があるからです。
一人でもがき苦しむより、私はうんと楽になったからです。

 

 

(オレンジ)

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次回「分かち合いの会」のお知らせ

 

◆3月17日(土) 17時~19時30分
*第3土曜日の集まりは、若い世代(主に20~30代)で死別された方を対象としています。

◆会場/NPO法人生と死を考える会 事務局(東京都新宿区)
◆参加費/一般1,000円 会員500円

 ※会場などの詳細は、HPをご覧ください。
http://www.seitosi.org/

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2012年

3月

04日

ピアグループ

3月になりましたが、まだまだ寒い日が続きますね。

3月3日、生と死を考える会では、分かち合いに参加するスタッフが

集まって話し合うスタッフ会議が開かれました。

 

スタッフには本当にいろんな方がいます。

性別も、年齢も、死別経験も、大切な方との関係も、死別の原因も本当にさまざま。

 

いろんないろんな人が集まるスタッフ会議では、暖かいねぎらいの声がかけられることもあれば、厳しい声が飛ぶこともある。真剣な議論にピリピリした空気にもなることもあれば、スタッフのユーモアに笑いが起きることもある。お互い意見を言ってぶつかり合いがあっても、それでもこの『分かち合いという場(ある人は止まり木といい、ある人はたき火といいますが)を大切にしたい』という思いは同じのように感じました。

そして自分にとってこうした仲間=ピアがいることは、大変な部分もあるけれど、

力づけられるエネルギー源だと思いました。

 

私の亡くした大切な人はうつ病でもあり依存症でもあったわけですが、

当時は薬とカウンセリング、そして家族の力でなんとかしようとふんばっていました。

 

今思うことは、もっと仲間の力を借りたらよかったなぁということです。

ちょっと検索してみると、ピアグループが意外とたくさんあることに気づきます

(たとえば、依存・親子関係・いじめなど、しんどい思いを抱える人たちが

運営するピアグループを紹介するページ、NPO法人 仲間と共に歩む会や、

JUST 日本サイバーズ・ユニオンなどなど)。

 

抱えられない荷物を下ろせる場所が、生と死を考える会はもちろんのこと

どんどん増えて、みんなが知っていくといいのになぁと思いながら

帰路につきました。(青)

2012年

2月

19日

下丸子の畑

 

先週の恵方巻きに入っていたほうれん草です。

 

下丸子の住宅街の中にある畑です。

 

あと2回で冬野菜が終わり、しばらくの間お休みになります。

 

春野菜が今から待ちどうしい!

 

生と死を考える会では死生観に関する社会教育事業としての教養講座があります。

 

23年度は「言葉の内なる生と死ー日本の古典を読み直す」

 

1月16日に行なわれた講座は、無常観と存命の喜び

                    -兼好法師と『徒然草』-  でした。

 

この講座の中で「・・・・人遠く、水・草清き所にさまよひありきたるばかり、心慰む事はあらじ」

 

ー人里遠く山や川を歩く時ほど、心なぐさめられることはないー

 

と読み解いて頂き、-季節の変化の中に、美を見出すことは、何ごとにつけても味わい深いものだー

 

などなどお話されました。

 

まだその印象が真新しい今日、都会にある畑に行き、青々と育っているほうれん草。

 

畑の隅に、ナズナ(ひよこ草)、ほとけの座、ごぎょうなどを見つけてとってもうれしかったです。

 

遠くに行かなくても、芽吹きの草花を見ることができ、自然のめぐみに感謝しました。

 

23年度、最終回の3月12日(月)19:00~20:30 「奥の細道」の旅ー松尾芭蕉です。

 

いらっしゃいませんか?

 

                               朱鷺色

2012年

2月

04日

節分の夜は恵方巻き

前回の赤色さんが、お母様の作られた恵方巻きのことを書かれていましたので、

 

私の作った恵方巻きのご紹介です。

 

切らないでかぶりつくと言われているので、海苔を半分に切って巻きました。

 

美味しそうでしょう?

 

海苔は大田区の知る人ぞ知る「田庄の海苔」

 

お米は鳥海山からの水で作られた遊佐のお米

 

ほうれん草は下丸子の平川農園の有機栽培のもの

 

卵は鹿川グリーンファームから

 

きゅうりは三芳村からのお取り寄せ

 

カニは北海道のズワイガニ

 

かんぴよう、椎茸,寿司でんぶは生活クラブの品物

 

安心な材料で作った、美味しい恵方巻きです。

 

                  朱鷺色

2012年

2月

03日

節分

今日は節分。

 

 

「鬼は外、福は内」と無邪気に豆まきをしたのは、いつまでだったのだろう。


母がいた頃は、毎年あたりまえの様に豆まきをして、福を願いながら、年の数だけお豆を食べたものです。


恵方の方向を向いて丸かぶりすると、福を招くといわれている「恵方巻」も作ってくれました。


子供の頃、遠足や運動会のお弁当は、太巻き寿司が定番で、それがとても嬉しかったものです。


いつか、私も近づきたいと思った母の味。


器用な手先で作る愛情がいっぱいつまった、幸福な味。

 


母の手料理が無性に食べたくなりました。


もう二度と食べる事はできないのだと思うと、涙がこぼれます。


(赤)


2012年

1月

31日

一座

なんと、旅劇団の一座の公演の真っ最中でした。


それは新春に、ぶらりと立ち寄ったリゾートスパでの出来事です。


ステージの隅には遺影が飾ってあり、色とりどりの花に包まれていました。


舞台の演出なのかな?と思っていたところ、スポットライトを浴びた女座長の挨拶が始まり、一座のメンバーでもあった息子さんの一人が、昨年の春に亡くなり、今日が月命日だという事でした。


毎日、悲しみに泣き暮らしていたけれど、周りの人の支えや声援を受けて、この新春からやっとステージに立った、との言葉に会場は割れんばかりの拍手の嵐。


息子さんの遺影を持ちながら躍る座長の気迫のこもった、渾身のステージに私の魂が揺さぶられました。


座長としてよりも母親としての息子さんへの想いは、いかばかりでしょう。


心の中で目を閉じ、精一杯のエールを送りました。

(赤)

2012年

1月

15日

嬉しい出来事

今年の年末年始は、

というか、いつもそうなのだが、

年末29日まで仕事、

30日は怒涛の大掃除と、

31日は年越しで友人たちが我が家に集うためホストを務める。

もうこの段階でぐったりである。

年が明ければ、年賀状書き(年末にそんなことをやっているヒマはない)、実家への訪問、

そして、毎年仕事始めが絶不調の中始まり、仕事も年末年始から本格的に忙しくなる。

 

というか、12月始ってからの怒涛の忘年会続き、

社会人になるまで年末年始がスケジュール的にも体調管理的にもお財布的にも、

一番厳しいことを誰が教えてくれよう。

う、う、う。

 

そんな中、

お正月5日に私はだるい身体をひきずって出勤途中、

1通の嬉しいメールを読み心が震えた。

それはわたしたちわかちあいの会のスタッフの本当に大きな励ましであり、報酬でもあった。

 

若い世代が始まった当初から来てくれていた参加者の方からだった。

その彼女からの、新天地からのメールだった。

 

お見せできないのが残念だけれど、

本当に、

そのように新たなステージに進んでいっている彼女のことが、

自分のように愛おしく、誇りに思えた。

そのメールがどんなに嬉しくて、私たちを勇気づけてくれたことか。。

 

 

どうか今年もみなさんとの沢山の出会いと、「想い」のシェアができる一年でありますように!



(ピンク)

2012年

1月

15日

2012年を迎えて