2011年

4月

08日

春が辛い

こんにちは、オレンジです。

4月になりましたね。
新年度が始まり、私の周囲も少しずつ新しい環境になっているようです。
職場の仲間も新たに増えました。
通勤途中の道では、ピカピカのランドセルを背負った小学1年生が、夢中で走り回っています。
桜並木がだんだんとピンク色に移り変わり、
「あぁ、もう春なんだなぁ…」と思います。

 


季節や行事は、遺された人間にとって、とても残酷なものです。

 

私は2006年の9月に、大切な人を亡くしましたが
死別から一年目は、ハロウィンもクリスマスもお正月も節分もバレンタインもホワイトデーもゴールデンウィークも海の日も夏休みも、どうやって過ごしたのかあまり覚えていないんです。


行事ごとと言えば、ただただ初七日や四十九日やお彼岸や、そういったお弔いの行事だけを、脅迫的にこなしていたように思います。

 


断片的に記憶しているのは、行動ではなく感情。


クリスマスで浮かれている街の様子に終始イライラし
喪失感でいっぱいの自分と、幸せそうな周りの人を比べては羨んでばかりいたこと。


とにかく、「楽しい雰囲気」が憎らしくて仕方なかったこと。
「どうして私だけ」と何べんも何べんも思って、自分の人生を恨みました。


 

ましてや春なんて、喜べませんでした。
何もかもが希望に満ちたような始まりの季節は
誰もが前向きにならなきゃいけないと錯覚させます。


死別から半年以上経った4月には
「いつまでも落ち込んでないで、そろそろ元気にならなくちゃ」
「オレンジちゃんがいつまでも泣いていたら、亡くなった人が浮かばれないよ」
そういった言葉を掛けられるようになりました。


アドバイスは、私のためを思ってのものでしょう。
でも立ち直るなど程遠い私には、その言葉は重く苦しく、正直な話、負担でしかありませんでした。


アドバイスしてくれた人を前に
「もうこの人にだけは絶対に弱音を吐かない、吐いてはいけない」

そう心に誓ったように記憶しています。

私にとって春とは、希望に溢れた季節ではありません。
大切な人が傍にいないことを痛いほど実感し、
周囲の人との温度差に、もがき苦しんだ季節です。


このブログをご覧になっている方で、春が辛い方はいらっしゃいませんか。


皆さんにとって、「春」とは、どんな季節なんでしょう。

 


(オレンジ)