2014年

6月

04日

許すということ

許す
今、このかくも難しき課題に取り組んでいます。

「許す」というと「他の誰かのことを、自分が許す」ことと思われがちなのですが、そうではなくて「自分で自分を許す」ということです。

許すは 「緩(ゆる)める」に通じているそうですが、許せない事や許せない人、許せない出来事に出会うと、人はからだが硬直し、呼吸が浅くなり、緊張した状態が続いてしまうそうです。

緊張した状態は、思考の偏りを生み、そうに違いないという思い込みにつながり、視野を狭くしてしまいます。
その結果、一生懸命がんばっても、良い成果につながらないという負のスパイラルに陥ってしまうようです。

実は、その「許せない」を掘って行くと、根っこには「自分を許せない自分」が見つかります。

自分を許せない自分の周りには、人を許せない人、人への評価の厳しい人が集まって来る「類は友を呼ぶ」という法則により、「許せない」コト・ヒトが目の前に次から次へと現れてしまうのだとか。


これは何とも残念なことです。

それでは、自分はおろか、誰のこともしあわせにできません。

誰かを許せないと感じたとき、まずは「自分は自分を許しているか?」を疑ってみることが必要なのかもしれません。


まずは「自分を許す」ことから始めてみる。
誰かを許せない感情を、どうしても手放せないときは
そんな持て余してしまうような感情を持ってしまう「自分を許す」こと。

怒りを感じてしまう「自分を許す」こと。


どこまで行っても「自分を許す」こと。
このどこまで行っても「許す」が、案外難しいものなのです。

やってみるとわかります。
簡単にはできないです。
「許す」を常識や理性、大人の分別で解決しようと思うと、ことごとく失敗してしまいます。

では、どうしたら「許す」ことができるのでしょうか?
まだ道半ばな私ですが、もう、念仏のように「自分を許す」と繰り返して言ってみる。
ただひたすらに条件をつけずに「自分を許す」。

そうやってジタバタしているうちに、「許せない自分」と「許された自分」の線引きが曖昧になってゆき、脳が「あれ?もしかしたら、許せちゃってるかも。」と騙されるときがくる。


お肌のターンオーバーもほぼひと月。
「自分を許す」をひと月続けると、こころとあたまが柔らかくなってくるようです。

まずは諦めずに「1ヶ月」。

おなかが空いてきました。
高カロリーのラーメンに、餃子を追加オーダーしてしまう自分を許したいと思います。

水浅葱